3. ギャラリー 2


   土の話 − 

   通常 陶芸に使う土を 陶土 と呼ぶ。陶器は 粘土 磁器は陶石(石英を多く含む)から
  作られる
焼き物の土はその辺にある土はなんでも 使えるわけではありません。 焼いて締まる
  土でないと使えないのです。

   陶土は珪素や長石が主成分で、今も栄えている焼き物の産地は 必ず好い土が産出された
  所にある。その地の陶土の特徴を生かして、焼き物を作っている。 備前土などは 備前
  地方以外ではほとんどとれなく、独特の土味を
生かした焼き方が好まれている。

  800年も前から続いている 六古窯はまさに窯を築くのに適した、水と燃料の薪が手に入る
  渓谷にあり、その土地の土を生かした 焼き方で 焼き物を焼いている。

                           
  今でもこの六古窯は 殆どが 交通の便は決して良くないが、本当に美しい山と川がある風光明媚な所に何百年も栄え続けている。

 そして遙か600年ほど前の科学技術や情報伝達手段のない 桃山時代にそこに暮らした、陶工達は今では計り
 知れない苦労をして、日本の焼物を完成させたのである。


  私の好きな 土はざっくりとした土味が出せて、織部や志野の色合いが上手く出せる 美濃の土 五斗蒔土や志野土、焼締め
 の土は何種類かの信楽の土をブレンドして、好きな緋色を出している。 昨今の陶芸ブームのお陰で志野土でも信楽土でも日本全国の
 土が容易に手に入る好い時代である。

 

釉薬の話
 

  
日本の釉薬は大きく分けて植物の灰を使った 灰釉 系 と 銅や鉄を使った 鉱物系に分けられと言われている。あの何とも
 言えない 深緑色の 織部 はわたくしの最も好きな釉薬の一つである。 この織部は 600年前の茶人
古田織部が好んだ
 焼き物が
織部好みと呼ばれ、今では 緑色は酸化銅の色の焼き物を 織部と
総称しています。
  陶芸家は
独自の釉薬土 そして、焼き方でその個性を競っている。

 志野はかって日本で造れなかった中国の白い焼き物 白磁を真似てなんとか白い焼き物を作りたいと願って、出来たものと
 言われる。しかし白磁はやはり作れなくて、全く違った 白い焼き物が出来上がったのである。それが志野なのである。
 長石という白い石を砕いて作った釉薬で、茶陶として愛されている志野 これも桃山時代に完成されたと言われる。 
 
 あの国宝に指定されている 卯の花垣 の 志野茶碗も その時代にできあがったと言われる。 科学万能の何でも出来る
 現代、まだあの志野茶碗を超えるものはいまだ生まれていない。
  私は何度挑戦しても今だ 納得のいく志野は焼けていない。

 松灰釉に代表される 土灰釉も実に味わいが深くておもしろい。 家内の実家 群馬の榛名山の麓に住む89才の母親が
 風呂釜で焼いて暮れた栗の木の皮や,いがの灰、そして、その辺の木の枝を燃やした雑木灰 土灰釉 を使って釉薬を造って
 いるが、柔らかい 緑がかったクリーム色の実にいい味を出してくれる。


窯の話 
                    

   私は 最新のコンピュータ付きの電気窯で焼き物を焼いている。 電気窯は炎がないので面白くないと言っている方が多い。 
 ましてやコンピュータなど信用もしていない。いや触れようとしないのである。 世の陶芸家達の殆どは超アナログ人間のようだ。 
  私は技術や育ちの 陶芸家 今 使える好い道具は何でも使いたい。焼き物の完成するまでのプロセスの中で 窯での焼成が
 大きな部分を占めていることも確かである。登窯や穴窯は焼締めに関しては面白いものが出来ることも事実である。備前や伊賀、
 信楽などの焼締は炎が直接かかる 登り窯や穴窯の薪窯には勝てない。しかし登り窯だから好いものが出来ると信仰みたいに
 思い込んでいる人がいるが やはり好いもの好いしダメなものはダメである。備前で緋襷(ひだすき)は電気窯が
 好いという有名な作家もいる。私も緋襷は難なく出すことができるので、不自由はしていない。
それなりに好いものが焼ける。
   昔は志野は織部など 釉薬をかけたものは 登窯や穴窯しかないので 結局サヤ鉢を使って焼いていた。効率が悪いし、不確定要素が
 多すぎる。今では煙の出ない電気窯やガス窯のほうが確実に焼けるのです。 
 昨今の電気窯の最大のメリットは産業革命以来の最大の発明コンピュータを使って、自由に確実に温度制御が出来ること
 
である。窯の温度コントロールの大変さは並大抵のことではない。還暦を過ぎた人間にとって何昼夜窯にへばりついて窯を
 焚く
なんてかなわない。しかしコンピュータは難なくやってくれる。