湘南モーツァルト愛好会

第38回例会の内容紹介


平成9年6月29日

LDによるオペラ鑑賞とお話


 曲目解説

              井上太郎  


  モーツァルトがこの作品をオペラとせず自筆楽譜に「音楽劇」と書いているのは、これが従来のオペラ・セーリアとは違うことを示したかったからであろう。ミュンヒェンの宮廷から依頼されたオペラの題材はトロイア戦争に関わる古代の物語で、台本はザルツブルクのヴァレスコという司祭が書くことになった。
 
この人はモーツァルトの父と親しく、また古典文学の造詣が深かったが、台本作者としては古臭い感覚しか持っておらず、モーツァルトはずいぶん注文をつけ、書き直してもらった。そのために作曲には大変苦労したが、それだけに作品の仕上がりはすばらしく、彼は後々まで自分の最高の作品といっていたという。 
 
作曲者の指揮で初演された1781年1月29日はモーツァルトの25歳の誕生日の2日後だった。初演の時の様子を伝える資料は残念ながら無いが、試演の時これを聴いた依頼主のカール・テオドール侯は絶賛したとモーツァルトは手紙に書いている。

   これほど登場人物の心理が克明に描かれたオペラは空前だったからであろう。これにはモーツァルト自身でさえ二度と書けなかった劇的表現の極まったところがあるのだ。

 宮廷のオーケストラは非常に優秀だったので、モーツァルトはそれをフルに使える喜びを味わいながら緻密なスコアーを書いた。また合唱を実に見事に使ってすばらしい効果をあげており、唱う群集の一人一人の気持ちが音楽を通して伝わってくる。

 この作品は5年後にウィーンの貴族の館で再演されたが、モーツァルトは一般市民に見てほしかったのである。しかし残念ながら実現しなかった。

●あらすじ


  ギリシアとトロイの10年にわたる戦争に、ギリシア側について戦ったクレタにはトロイの王女イリアを初めとする大勢の捕虜がいた。しかし留守を預かる王子イダマンテは平和を愛し、捕虜たちが一日も早く自由の身になることを願い、しかも清純な王女イリアを密かに愛していたのである。一方アルゴスの王でギリシア軍の総帥アガメムノンの娘のエレットラはイダマンテとの結婚を当然のことと考えていた。

 彼女はイリアとは正反対の激しい気性の持主だった。この二人の役作りがオペラの見所の一つである。

 長い戦いを終え帰途についたイドメネーオの艦隊は港に入る直前、突然起きた嵐に危うく全滅しそうになる。王は海神に祈り、無事に戻れたら最初に出会った人間を生けにえとして捧げると誓約する。嵐はやがて収まりようやく岸にたどり着くが、王が最初に出会ったのは、なんとわが子イダマンテだった。王は自分の誓いを息子に語れず、息子は冷ややかな父の態度を理解できない。思い余った王は腹心のアルバーチェに秘密を明かし、イダマンテとエレットラをアルゴスに送ることにする。しかし船出の日、静かだった海はたちまち荒れ狂う。王は海神に対して罪を犯したのは自分だと叫び、群集は逃げ惑う(第12幕終り、休憩)。

 第3幕はイダマンテとイリアの愛の誓いにはじまるが、父王は息子を国外に出し、生けにえにするのをなんとかして避けたいとする。父の心を計りかねた王子は、一人故国を去る決意を固める。「なんとひどい運命だろう」と、王と王子、それに二人の王女が唱う四重唱は心をえぐるような悲痛なものである。

 王の違約に対し海神は怪獣をさしむけて民衆を苦しめ、思い余った人々は王に訴える。王子は剣をとって怪獣を退治するが、海神との約束を果たさなければ不幸は続くに違いない。そこで王は大祭司に生けにえは我が子であることを告げ、剣を取る。それを見たイリアは私を代わりにと申し出る。すると天から声がして「愛が勝利した。イドメネーオよ王座を去れ、イダマンテよ、王となれ、そしてイリアはその妃となるように」と告げる。しかし納まらないのはエレットラで、彼女は激しい呪いのアリアを唱って倒れ伏す。人々は呪いの雲の晴れたのを喜び、王は王冠を王子に譲る。

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