第152回例会の内容紹介


今井 顕 ピアノトリオ

2016.2.7 14:00〜17:00  藤沢リラホール(第152回)

出演:今井 顕(Pf)小森谷 巧(Vn)藤森 亮一(Vc)

曲目:
           
モーツァルト作曲  
♪ピアノソナタ  ト長調 K.283
♪ピアノトリオ  ト長調  K.496

ベートーヴェン作曲 
♪ピアノ3重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」 


当日のプログラムより

曲 目 解 説

♪ピアノソナタ ト長調 K.283

 この曲は1775年にミュンヘンで作曲された6曲セットの5曲目のものである。この頃モーツァルトは選帝侯から翌年の謝肉祭のオペラの作曲を依頼されていたので、その初演直後に一気に書かれたと思われる。自筆楽譜はまとめて1冊になっており、最初からひとまとめの曲集と考えていたらしい。
ト長調K.283の第1楽章でモーツァルトは様々な試みをしている。それは他の作曲家の影響ではない彼独特のものである。
 第1主題は優雅なメヌエット風の親しみやすいアレグロ。
 第2主題は穏やかなハ長調のアンダンテで始まる。
 第3楽章はト長調のブレスト。舞曲を思わせる工夫がこらされているが狂想曲風のところもある。

♪ピアノトリオ ト長調 K.496

 自作品目録に1786年7月8日とあるこの作品は、三重奏曲と明記された最初の作品で、本格的な三重奏曲と考えて作曲したことがうかがえる。
 第1楽章はピアノが主体で始まるが、注目すべきは展開部における転調でその妙味はハ長調の第2楽章でさらに多様になる。
 そこに対位法を巧みに使っているところはモーツァルトの作曲技法の素晴らしさを示している。
 第3楽章はアレグレットの主題による6つの変奏曲、ここでは第4変奏のみがト短調である。
                以上 井上太郎

ベートーヴェン作曲:
ピアノ3重奏曲第7番 変ロ長調 「大公」

 音楽の都ウィーンへ単身で出てきて音楽活動を行ったルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)は独立心が強くかつリベラルで進歩的な政治志向の持主だったが、やはりフランス革命後のウィーンでは貴族たちの支援なしには安定した生活はできなかった。それに加え持病であった難聴は年を経るごとに悪化の一途をたどり、その気難しさや度重なった引っ越し、甥カールの非行問題もあって人との交際が非常に苦手であった。そんなベートーヴェンが円熟期(中期)を迎えた1803年ごろに弟子入りし、最後まで年金の面倒を見たのが神聖ローマ帝国皇帝レオポルト2世の末子で、初代オーストリア皇帝フランツ1世の弟であったルードルフ大公(1788-1831)であり、彼はピアノが上手で室内楽を中心とした作曲活動も熱心に行った。大公は生来虚弱で他の兄弟のようには軍務には向いておらず、芸術そしてのちに信仰への道を歩み、1819年にはオルミュッツ(今日のチェコのオロモウツ)の大司教、枢機卿となっている。

 大公はベートーヴェンとの間に強い信頼関係を築いたため、ベートーヴェンもこの「やんごとなき」愛弟子に ピアノ協奏曲4番(Op58)、第5番「皇帝」(Op73)、歌劇「フィデリオ」(Op72)「ミサ・ソレムニス」(Op123) など10を超える重要な作品を献呈している。これらの献呈作品の中で直接ルードルフに関係があったのは全盛期のナポレオンのウィーン占領(1809)のため退去を余儀なくされた大公との辛い別離と再会(1810)の喜びを書いたピアノ・ソナタ26番(Op81a)「告別」、大公がピアノを担当して初演したヴァイオリン・ソナタ10番(Op96)と本日演奏されるピアノ3重奏曲第7番「大公」(Op97)であろう。

 ベートーヴェンはピアノ3重奏曲を11曲残している。(ちなみにハイドン48曲、モーツァルト6曲、フンメル9曲、シューベルト2曲)そのうち名前(通称)があるのは第4番(Op11)の「街の歌」、第5番(Op70-1) の「幽霊」と本作品の3曲である。「大公」(Erzherzog) は作曲者自身の命名ではないが、このオーストリア・ハプスブルク家の男子のみに許された称号を持つルードルフに献呈されたところから通称としてそう呼ばれている。  1814年に書かれたこの曲は急−急−緩(変奏曲)―急の4楽章からなり、大公がピアノ部分を担当することを想定して書かれているが、大公がベートーヴェンに弟子入りしたころにやはり彼のピアノを想定して書かれたピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 ハ長調(Op56)のピアノ部分より技巧的により複雑なものになっており、この10年間で大公のピアノの腕前が一段と上達したことがうかがわれる。ただ1814年4月のウィーンでの初演はベートーヴェン自身がピアノを弾いたが、耳がすっかり不自由になっていた彼のピアノは他の2人の音をかき消してしまうほどの乱暴な弾きぶりだったので、成功しなかったと伝えられる。  曲は「大公」の通称にふさわしく優雅さと堂々とした気品に満ちており、対ナポレオン戦争の勝利を反映してからか明るい雰囲気のものとなっている。  
               以上 吉野忠彦




◎出演者のプロフィール


今井 顕(いまいあきら)
 東京に生まれる。パウル・バトゥーラ=スコダの薦めにしたがって武蔵高校在学中に16歳で渡欧、ウィーン国立音楽大学の8年間の課程をわずか3年で終え、弱冠19才にして最優秀の成績で修了。数々の国際コンクールに優勝・入賞し、コンサートピアニストとしてソロ、アンサンブルとも国際的な活動を開始する。27才の時にウィーン国立音大ピアノ専攻科の日本人初の講師として登用されて14年、そこで育成した奏者は35ヶ国、100人を超える。演奏活動、教育活動とともに原典版楽譜の編集作業にも携わるなど幅広い活動を展開し、1995年に帰国。通算24年ものヨーロッパ滞在経験はその音楽に独特の味わいをもたらし、日本の誇る国際派ピアニストとして内外で高い評価を受けている。1995年、世界に通用する演奏家を育てた功績が評価され、オーストリア政府から名誉教授の終身称号を授与された。現在は演奏活動のかたわら国立音楽大学大学院教授として後進の育成に携わっている。国際コンクールの審査をはじめとして海外での活動も活発である。
本日の使用楽器:スタインウェイ・フルコンサートグランド

小森谷 巧(こもりやたくみ)
 桐朋学園ディプロマコース、ウィーン国立音楽大学を経て英国で学ぶ。リビツァ・ヴァイオリンコンクール、フムル国際コンクール等で特別賞、シェリング賞その他を受賞。英国を中心に欧州で活躍、《The STRAD》誌で好評を得る。英国王立音大の演奏ディプロマを首席で獲得し帰国。1987年、東京交響楽団コンサートマスターに就任。1991年第1回出光音楽賞受賞。1992年よりストリングスアンサンブル《ヴェガ》ディレクター。1994、96年には東響ヨーロッパ公演のソリストとして、ウィーン、ミュンヘン、リスボン、バレンシアで好評を博す。99年から、読売日本交響楽団コンサートマスターを務めている。ソリストとして読売日響、東響、ロイヤルチェンバー、仙台フィル等と協演。また東京を中心に定期的にリサイタルを行い常に高い評価を得ている。96年、2007年にはソロCDをリリース。国立音楽大学、桐朋学園オーケストラアカデミーで後進の指導にもあたっている。これまでに徳永二男、ヨゼフ・スーク、イフラ・ニーマンの各氏に師事。
本日の使用楽器:C.M.テストーレ(1701年製、イタリア)

藤森 亮一(ふじもりりょういち)
 1963年京都生まれ。11歳よりチェロを始め、京都市立堀川高等学校音楽科を経て、1982年東京音楽大学に特待生として入学。同年第29回文化放送音楽賞を受賞。翌1983年第52回日本音楽コンクール・チェロ部門第1位。1986年第21回東京国際音楽コンク-ル弦楽四重奏部門において斎藤秀雄賞を受賞。1990年ミュンヘンに留学、ワルター・ノータスに師事。これまでに故徳永兼一郎、上村昇、河野文昭の各氏に師事。現在NHK交響楽団首席チェロ奏者を務める他、モルゴーア・クァルテット、ボア・ヴェール・トリオ、チェロ・クァルテットのラ・クァルティーナのメンバーとしても活躍するほか、数多くのアンサンブルに参加。1998年にはモルゴーア・クァルテットとして村松賞を受賞。2007年には京都府文化賞功労賞を受賞した。また東邦音楽大学特任教授、国立音楽大学客員教授、東京芸術大学非常勤講師として後進の指導にも当たっている。
本日の使用楽器:H.& A.アマティ(1614年製、イタリア)



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