第163回例会の内容紹介


♪沼田 園子(Vn)と仲間達によるモーツァルトなどの室内楽

2017.11.19(日)14:00〜17:00 藤沢リラホール (第163回)

出演:沼田 園子(Vn)
   蓼沼 明美(Pf)
   藤村 俊介(Vc)

曲目:
モーツァルト 
♪ピアノ・トリオ ホ長調 K.542
♪ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 K.306(300i)

チャイコフスキー:
♪ピアノ・トリオ イ短調 Op50
   「ある偉大な芸術家の思い出に」


当日のプログラムより

 曲 目 解 説

♪モーツァルト作曲 ピアノ・トリオ ホ長調 K.542
 ピアノ・トリオはヴァイオリン・ソナタにチェロが加わったものといえます。しかし彼がこのジャンルを書き始めた頃の作品を見ると、ピアノが主体で弦楽器はピアノを支える役のように書かれています。しかし晩年になると、次第に弦楽器もピアノと同等に扱われるようになってきます。
 彼がこの頃、書いていた自作目録にこの曲は1788年6月22日と書いてあり、その4日後には交響曲39番変ホ長調 K.543の記載があります。つまり彼はいくつかの作品を並行して書いていたのではないかと考えられるのです。
 この曲が異色である点はモーツァルトがめったに使わない調で書かれていることです。
 第1楽章はピアノが奏する第1主題で始まります。第2主題はヴァイオリンが奏するロ長調のものですが、この主題がロ長調からハ長調に転調するという滅多にない動きをするところがあり、展開部では嬰ト長調と言う遠い調に転調するところも出てきます。
 第2楽章アンダンテ・グラツィオーソはイ長調。郷愁を感じさせる主題で始まり、ヴァイオリンが活躍します。
 第3楽章アレグロは最初56小節書いたところで破棄され、後に決定稿が書かれたことが、自筆稿からうかがえます。
 モーツァルトはこの曲に自信があったらしく、姉のナンネル宛の手紙に、その頃親しかったミヒャエル・ハイドン(有名なヨーゼフ・ハイドンの弟)を招いて演奏すれば、気にいられるだろう、と書いております。

♪モーツァルト作曲 ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 K.306
 モーツァルトは初期の一群のソナタを書いてから、しばらくこのジャンルの作品は書いておりません。しかし1778年になって、ようやく6曲のソナタを完成してパリで出版します。
 これを書き始めたのは、ザルツブルグ以外で就職口を探そうと、母とともに旅に出て、マンハイムに滞在していた時の事でした。
 モーツァルトは当時の習慣だった6曲のセットを考えて書き始め、これを版刻して、マンハイムの選帝侯カール・テオドールの夫人に献呈し、自分の就職の手がかりにしようとしましたが役に立たず、やむなくパリへ向かいました。
 マンハイムで作曲したのは、K.296を始めとする5曲で、パリに来てからは有名なホ短調の K.304と、今日演奏されるニ長調 K.306を書き上げ、K.296を除いた6曲をセットとして1778年11月にパリの出版社から作品1として出版します。
 この K.306は6曲セットの最後に相応しい華麗な曲で、同じニ長調で書かれた『パリ交響曲』に通じるところがあり、これまでの5曲と違って3楽章まであります。
 第1楽章の第1主題はピアノで示され、展開部はヴァイオリンとピアノの息もつかせぬ掛け合いです。第2楽章アンダンテ・カンタービレは、協奏曲の緩除楽章を思わせる気品に満ちております。第3楽章は自由なロンド形式の華やかなフィナーレで、ユーモラスな味わいもあります。最後にカデンツァがあって冒頭の主題を繰り返し、コーダに入って曲を閉じます。
(井上太郎)

♪P・I.チャイコフスキー:ピアノ・トリオ イ短調
 Op50「偉大なる芸術家の思い出に」

 ロシア世紀末の巨匠ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)はその後期の3つの交響曲、協奏曲、3つのバレエやオペラなどの大きなオーケストラ作品で愛好されているが、それは彼独特の叙情的で流麗・メランコリックな旋律や、絢爛豪華なオーケストレーションによるものであろう。彼は幼少時から音楽的才能に恵まれていたが、父親の意向で法律を学び官吏となった。しかし21歳の時にサンクトペテルブルクの音楽院に通うようになってから職を辞して音楽の道に専念したので他の有名な作曲家よりは遅いスタートとなった。1866年からは師アントン・ルビンシテインの弟のニコライが創立したモスクワ音楽院で教師となり、作曲にも精を出した。75年のピアノ協奏曲の初演で友ニコライと衝突した件は有名である。彼は同性愛的志向が非常に強かったため結婚に失敗し、精神的に追い詰められて自殺未遂を起こしたりもしたが、終生会うこともなかったフォン・メック夫人に多大の資金的援助を受けて生活は安定していた。78年には職を辞し、以後10年間はイタリアなど西欧諸国を旅していた。85年以降はモスクワ郊外に居を定めて大曲、名曲が続々と生まれ、93年10月交響曲第6番「悲愴」の初演の9日後、生水を飲んだことからコレラに感染して急逝、国葬にふされた。
 ピアノ・トリオは、1881年旧友ニコライ・ルビンシテインの死を悼んでイタリアに滞在中1年間かけて作曲し1周忌に演奏された作品であるため、全般的に悲痛で荘重な調子が支配的である。2つの楽章で構成されているが、第2楽章の最終変奏が長大なため、その部分が実質的な終楽章の役割を果たしている。 暗いが情熱的な第1楽章「悲歌的小品」は、伝統的なソナタ形式によって書かれている。始まりのチェロ独奏のロマンティックで美しい旋律が印象的であるが、これは最終的に、葬送行進曲となって戻ってくる。
 第2楽章は、古典的な変奏曲で11もの変奏に続く最終変奏では、徐々に感情の高みを上っていくが、不意の転調によって短調になると、第1楽章の開始主題が重々しく再登場し、作品全体が再度、葬送行進曲によって締め括られる。この第2楽章は、ピアノに高度な演奏技巧が要求されており、演奏が非常に困難とされている。40分を超える演奏時間にもかかわらず、チャイコフスキー特有の抒情美や壮大な終曲によって人気が高い曲である。
(吉野 忠彦)


◎演奏者のプロフィール


沼田 園子(ぬまた そのこ) ヴァイオリン
東京藝術大学音楽学部弦楽科を首席で卒業、大学院博士課程単位習得。パガニーニ生誕200年祭国際ヴァイオリンコンクール、マリア・カナルス、アルベルト・クルチ各国際コンクールに上位入賞。日本音楽コンクール作曲部門の演奏に対してコンクール審査委員会特別賞、アール・レスピランのメンバーとして中島健蔵賞、静岡県文化奨励賞をそれぞれ受賞。1990年より水戸室内管弦楽団の常任メンバーを25年務める。ソリスト、ゲストコンサートマスターとして主要オーケストラと共演、内外の一流演奏家と共演。ヨーロッパでも協奏曲、リサイタル、室内楽のコンサートを各地で行い好評を博す。ファイン・デュオとしてリサイタルを全国各地にて開催。2015年カルテット・プラチナムを結成。CDはベートーヴェンヴァイオリン・ソナタ全曲、「日本の響」Vol.1〜4の4枚をリリース。現在、東京藝術大学、愛知県立芸術大学各講師、洗足学園音楽大学客員教授、常葉短期大学客員教授を務める。

蓼沼 明美(たでぬま あけみ) ピアノ
東京藝術大学音楽学部附属音楽高校を経て、同大学音楽学部器楽科を首席で卒業。同大学院修士課程修了。ロンドンに留学し、マリア・クルチョ女史のもとで研鑚を積む。'87年マリア・カナルス国際コンクールのヴァイオリン・ピアノ二重奏部門でヴァイオリンの沼田園子と共に第2位入賞。'89年日本音楽コンクール審査委員会特別賞を受賞。倉敷音楽祭、富士山麓音楽祭、紀尾井ホールオープニングシリーズなどのほか、NHK・FM放送に出演多数。特にアンサンブルピアニストとしての演奏活動を活発に行い、フルートのアンドレアス・ブラウ、ベルリン弦楽四重奏団を含む内外の多くの演奏家と共演。2004年に開催した姉、蓼沼恵美子とのピアノデュオリサイタルも好評を得て、'06年にCD「姉妹による珠玉の連弾」をリリース。沼田園子とのデュオリサイタルは東京をはじめとして全国各地で展開し、'06年にはデュオ結成20周年記念公演として二夜にわたるリサイタルを開催し成功をおさめる。ベートーヴェンのヴァイオリンとピアノのソナタ全曲録音を完結、全5回の記念演奏会シリーズも好評を得た。現在、東京学芸大学、国立音楽大学講師。

藤村 俊介 (ふじむらしゅんすけ) チェロ
桐朋学園大学音楽学部卒業。チェロを安田謙一郎氏に師事。日本演奏連盟賞受賞。第58回日本音楽コンクール・チェロ部門第2位。1989年、NHK交響楽団入団。1993年、アフィニス文化財団の奨学生としてドイツに留学し、メロス弦楽四重奏団のペーター・ブック氏に師事。マイスターミュージックよりソロCDを多数リリース。現在、NHK交響楽団次席奏者、フェリス女学院大学非常勤講師、桐朋学園大学非常勤講師、洗足学園大学客員教授、チェロ四重奏団「ラ・クァルティーナ」メンバー。





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