第175回例会の内容紹介


小森谷 巧と仲間たちによる室内楽

2019.11.17 14:00〜17:00  藤沢リラホール(第175回)


当日のプログラムより

 
出演 小森谷 巧(Vn)  小杉 芳之(Vn) 佐々木 亮(Va)
   古川 展生(Vc)  小森谷 泉(Pf)

曲目:
モーツァルト作曲
 ♪ヴァイオリン・ソナタ  ホ短調  K.304
 ♪ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 K.478
シューマン作曲
 ♪ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44

 曲目解説
                    
♪モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ  ホ短調  K.304
1778年、22歳になったモーツァルトは、母親とパリへ旅行する。その時にモーツァルトは6曲のヴァイオリン・ソナタを書いているが、この曲はその中の1曲で、唯一短調で書かれているものである。
 第1楽章の冒頭はヴァイオリンとピアノのユニゾンで、ひそやかに始まる。それは 簡素といってよい旋律だが、曲の雰囲気を示しており、聴き手を探い孤独感に引き込まずにはおかない。
彼はそれを振り切るように、長調の光を投げる。そのなかにはペートーヴェン風のみじかいモティーフの繰り返しもあるが、この曲に一貫して流れているのは、寂寥感である。
 展開部になると、ト長調の劇しい部分となり、旅先で母が死ぬというショックを、あらわに表現している。
 つづく第2楽章の冒頭主題は、彼の感じやすい魂がそのまま音になったかのようだ。
 アルフレード・アインシュタインはこの作品について、「感情の最も深い奥底から取りだされたもので、もはやたんに交替や対話に終始するものではなく、劇的なものに触れており、やがてベートーヴェンがひらく、あの無気味な戸口をたたいている」といっている。

♪モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478
 これが作曲された1785年頃には、この曲の編成にヴィオラが加わることがなく、弦楽器は2つのヴァイオリンとチェロだけであった。従ってモーツァルトがヴィオラの加わったビアノ四重奏曲を書いたことは、画期的なことだったのである。それは彼がヴィオラの演奏を好んでいたからであろう。
 この第1番のピアノ四重奏曲が、 ピアノ協奏曲の傑作を次々と産み出していた29歳の頃の作品であることも、忘れることができない。
 モーツァルトのピアノ四重奏曲は2曲しかないが、この第1番は特に優れており、また作曲者が特に好んでいたといわれるト短調という調なので、 取り上げられることが多い。
 第1楽章は、ただならぬ気迫のこもったユニゾンで始まる。そのユニゾンに答えるピアノのパッセージが、美しい対照を作りだしている展開部では、冒頭の主題の完全4度下降の動きから導き出された新しい主題が展開される。
 このあたりの迫りくる哀感は譬えようがない。
 再現部は撮示部にはなかった新しいバッセージも加わり、深い憂愁の影を引きながらコーダへはいり、情熱的に盛り上がって終わる。誠に感動的な楽章だ。
 第2楽章は変ロ長調のアンダンテ。冒頭でうたわれる主題はロマンの息吹きを感じさせる美しいもの。
 第3楽章は晴れやかなロンド。
 この全曲を聴いてみると、この曲がシューマンを初めとする19世紀の作曲家をいかに魅了したかがわかる。
                   以上 井上 太郎

♪シューマン:ピアノ五重奏曲  変ホ長調  作品44
 ロベルト・シューマン(1810-56)の代表的な室内楽作品であり、多くのピアノ五重奏曲と同じように、ピアノと弦楽四重奏のために書かれているが、その編成での最初の成功例である。シューマン以前にモーツァルトとベートーヴェンがピアノ五重奏曲を書いてはいるが、それらはピアノと管楽器のための作品であり、またシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」はピアノと弦楽三重奏(ヴァイオリン、ヴィオラとチェロ)にコントラバスを加えた変則的なものであった。実はシューマン以前にピアノと弦楽四重奏との組み合わせを試みた人がいなかったわけではない。知られているところでは、プロイセンのフリードリッヒ大王の甥で、やはり音楽好きでベートーヴェンの大の崇拝者であったルイ・フェルディナント王子(1772-1806)が彼の作曲の最初の作品1でこの編成のものを取り上げており、シューマンもそれを意識していたといわれる。シューマンは若い時にはピアノ曲ばかり書いていたが、念願のクララ・ヴィークとの結婚(1840)を境に作品の幅が急速に広がって行く。すなわち「歌の年」といわれる1840年には「詩人の恋」や「女の愛と生涯」などを含む数多くの歌曲が書かれ、翌41年「交響曲の年」には第1番「春」と第4番の初稿の2つの交響曲が作曲され、第1番は親友フェリックス・メンデルスゾーンの指揮で初演されて大成功を収めた。そして「室内楽の年」として知られる翌1842年の9月から10月にかけてのわずか数週間のうちにこの五重奏曲が作曲されて愛妻クララに献呈されている。ごく初期のピアノ四重奏曲を例外として、シューマンはそれまで室内楽作品を一曲も完成させていなかったが、この年には突如として室内楽に熱中し、この曲の直前の7月には3曲の弦楽四重奏曲が、また五重奏曲完成直後にはピアノ四重奏曲を書き上げている。12月の五重奏曲の試演ではピアノを弾いたメンデルスゾーンから、多くの忠告を受けて改訂を行い、特に第2楽章は大幅な改定があって、今日のような形になったといわれている。初演は翌1843年1月8日、ライプツィヒにて行われ、クララがピアノを担当した。この時聴いたベルリオーズは感動したが、他方この曲を後にシューマンの家で聴いたリストは全く気に入らなかったらしく、否定的な発言をしたため、シューマンはリストに対して距離を置くようになったという。いずれにしてもこの作品は彼の尊敬するベートーヴェンの弦楽四重奏曲の研究の成果として作曲された弦楽四重奏曲と彼の最も得意であったピアノとが実に見事に融合されたものとして彼の室内楽作品中の最高傑作として親しまれている。
                   以上 吉野 忠彦

◎出演者のプロフィール

小森谷 巧(こもりや たくみ) 第1ヴァィオリン
桐朋学園を経てウィーン国立音大入学。英国王立音楽院の演奏家ディプロマを首席で修得し帰国。元東京交響楽団首席コンサートマスター。5枚のソロアルバムをはじめ多くのCDをリリース。読売日本交響楽団コンサートマスター。

小杉 芳之(こすぎ よしゆき) 第2ヴァイオリン
東京藝術大学卒業。第5回日本クラシック音楽コンクール全国大会最高位。第8回日本モーツァルト音楽コンクール第三位。霧島国際音楽祭において度々音楽祭奨励賞(トヨタ自動車賞、山形屋賞)及び奨学金を授与される。読売日本交響楽団ヴァイオリニスト。

佐々木 亮(ささき りょう) ヴィオラ
東京芸術大学卒業。在学中、安宅賞受賞。芸大オーケストラと共演。現音室内楽コンクール第一位、「朝日現音賞」受賞。東京国際室内楽コンクール(民音)第二位、「ルフトハンザ賞」受賞。2004年NHK交響楽団入団。2008年より首席奏者。桐朋学園大学、洗足学園大学にて後進の指導にも当たっている。

古川 展生(ふるかわ のぶお) チェロ
桐朋学園大学音楽学部を経て、ブダペストのリスト音楽院に留学。1998年帰国し、東京都交響楽団主席チェリストに就任、現在に至る。昭和音楽大学客演教授、桐朋学園大学非常勤講師。

小森谷 泉(こもりや いずみ)  ピアノ
桐朋学園を経て、第44回日本音楽コンクールピアノ部門第1位。ロン=ティボー国際コンクール銀メダル。マリア・カナルス国際コンクール室内楽部門第2位。日本各地、及びヨーロッパにおいてリサイタル、コンチェルト、室内楽の演奏会を行い好評を得る。現在、桐朋学園教授として後進の指導にもあたっている。桐朋学園大学・大学院 学部長。



 



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