湘南モーツアルト愛好会
平成11年9月5日
プログラム小林道夫のピアノ独奏によるモーツァルトのソナタと変奏曲平成11年9月5日 14:00 藤沢リラホール (第52回)W.A.Mozart
ピアノ独奏:小林道夫
ピアノソナタ ハ長調(第7番)K.309 第1楽章 アレグロ・コン・スピリート
ピアノソナタ ニ長調(第9番)K.311 第1楽章 アレグロ・コン・スピリート
12の変奏曲 変ロ長調 K.500
ピアノソナタ ニ長調(第18番)K.576 第1楽章 アレグロ
曲 目 解説 井上 太郎
今日のプログラムの前半は、1年4カ月にわたる求職の旅の際に1777年の秋、マンハイムで21歳のモーツァルトが書いた2曲のピアノソナタで、後半はウィーン時代に作られた変奏曲と、最後のピアノソナタです。いずれも当会のプログラムには初登場の曲です。
●ピアノソナタ ハ長調(第7番)K.309 当時のマンハイムは、音楽好きの選帝侯カール・テオドールの保護下に優れた音楽家が多く集められ、宮廷オーケストラは規模も技術も最高のものと言われていました。モーツァルトはここで旧知の宮廷楽団の指揮者クリスティアン・カンナビヒに暖かく迎えられ、その温情に報いるために、娘のローザに無報酬でピアノのレッスンをしました。この曲はローザのために書かれたと考えられ、柿宛の手紙にこの曲の第2楽章はローザの性格通りに書いたと言っています。 第1楽章 アレグロ・コン・スピリートは力強いユニゾンの第1主題で始まります。これに対しト長調の第2主題は一寸おどけたような楽しいものです。展開部は第1主題が使われ、短調の緊張した部分が続きますが、第2主題の再現は最初左手に現れます。 第2楽章 アンダンテ・ウン・ボコ・アダージョには表情記号が、はかの曲には例がないはど細かく書き込まれており、ローザは教えた通りこれを見事に弾いたとモーツァルトは言っています。 第3楽章 アレグレット・グラツイオーソは素敵なロンドです。力強い部分と優美なところとの配分が完璧で、最後は消え入るように終わります。
●ピアノソナタ 二長調(第9番)K.311 この曲も前のものと同じ頃に書かれたと考えられますが、作曲の経緯については殆どわかっていません。なおこの曲は旧全集では第8番とされておりました。 第1楽章 アレグロ・コン・スピリートは力強く上昇する第1主題と、優雅な第2主題との対比が見事ですが、展開部は、提示蔀の最後に現れる下降音階が主として使われております。 第2楽章 アンダンテ・コン・エスプレッシオーネは、ト長調で書かれた平安な間奏曲といった趣きです。 第3楽章 アレグロは全曲の中でも特に充実した内容のロンドで、中間にカデンツァもあったりしてコンチェルトを思わせるところから、作曲者自身が演奏技巧を披露するために書いた曲ではないかと思われます。 ●12の変奏曲 変□長調 K.500 変奏曲の主題は通常ポピュラーな旋律か、社交的な意味合いを持ったはかの人のものから取ることが多いのです。モーツァルトもグルック、デュポール、サルティの主題による変奏曲を書いております。しかしこの曲の主題については自分の作品目録にも全く触れられておらず、ただ「12の変奏曲」とだけあります。そのためか、また派手なところがないせいか、あまり演奏されませんが、私は傑作の一つと思っています。それというのも12の変秦の中に短いながら作曲技法の粋がうかがえるからです。
●ピアノソナタ ニ長調(第18番)K.576 モーツァルト自身による作品目録に1789年7月の日付で記録されているこのソナタは、プロイセン国王が王女のために6曲のやさしいピアノソナタを注文したという話と結びつけてこれまで考えられてきました。
第1楽章 アレグロは8分の6拍子。狩のホルンを表現するユニゾンの第1主題で始まり、第2主題も狩を思わせるものです。展開部では同じ主題を両手が少しづつずらして弾くポリフオニックな部分が多く、それをクッキリと表現する高度な技巧が要求されます。 第2楽章 アダージョはイ長調ですが、嬰へ短調で書かれた中間部の深い哀愁が印象的です。 第3楽章 アレグレット ニ長調のロンド形式で書かれたこの楽章も、第1楽章と同様にポリフオニックな部分と、意表をつく転調や半音階が目立ちます。
◎モーツァルトのピアノソナタと例会時の演奏者
ハ長調 K.279 第24回 菅野 潤
=演奏者のプロフィール= 1933年、東京生れ。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業後1965年、デトモルトの北西ドイツ音楽アカデミーに留学、チェンバロと室内楽を学ぶ。帰国後はピアノ、チェンバロ、フォルテピアノ、指揮と多方面で活躍。 特にフイツシャー・ディースカウ、へフリガー、ニコレ、フルニエ等と共演し、名伴奏者として国際的にも著名。、モーツァルトに関しては、日本人として初めてピアノ協奏曲の全曲を指揮と独奏を兼ねて2年がかりで達成。 1972年ザルツブルク国際財団モーツァルテウム功労メダルを初め多くの賞を受けている。86年より98年まで国立音楽大学大学院教授を務め、現在は東京芸術大学客員教授として後進の指導にも当たっている。
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