第59回例会の内容紹介
宮坂 純子のフォルテピアノ
平成12年9月10日 14:00 藤沢リラホール
プログラム
ピアノフォルテ独奏 宮坂 純子
F.シューベルト
《16のドイツ舞曲》D783,Op.33
イ長調・ニ長調・変ロ長調・ト長調
ロ短調・変ロ長調・変ロ長調・変ホ長調
ハ長調・イ短調・ホ短調・ハ長調
ハ長調・へ短調・変イ長調・へ長調
J.ハイドン
クラヴィーア・ソナタ 変ホ長調 Hob.]Y/49
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アダージョ・エ・カンタービレ
第3楽章 フィナーレ
井上太郎
《モーツァルトの主題による変奏曲》 変ロ長調
W.A.モーツァルト
《シャックまたはゲルルの主題による8つの変奏曲》へ長調 K.613
J.ハイドン
クラヴィーア・ソナタ 変ホ長調 Hob.]Y/52
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アダージョ
第3楽章 アレグロ・モルト
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曲 目 解説
井上 太郎
●シューベルト:《16のドイツ舞曲》D783.Op.33
ドイツ舞曲とは南ドイツ、バイエルン地方の民俗舞踊で、レントラーとほとんど同じものと言えます。これが19世紀の後半になるとワルツになり、ヨハン・シュトラウスにより全盛期を迎えるわけです。
短い舞曲を16曲も集めたこの曲集は作曲者自身が舞踏会での即興的な演奏をメモとして残したものと思われ、作曲年代は1823年1月から1824年1月までのものと考えられます。出版は1825年です。
どの曲も短いものですが、単純な形の中にいかにもシューベルトらしい工夫がこらされているのが面白く、彼の湧きいでる楽想の泉をのぞくようです。
●ハイドン:クラヴィーア・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVl/49
ハイドンがこれを青いたのは、エステルハージー家に奉公していた最後の1789年から90年にいたる時期と考えられ、50番、52番と共にハイドンのこのジャンルにおける最高傑作です。
第1楽章アレグロは200小節を越える長さで、冒頭の短いモティーフが活躍します。またベートーヴェンの第5シンフォニーの有名な《運命》のモティーフを先取りするようなところも聞き逃せません。
第2楽章アダージョ・エ・カンタービレは、変ロ長調と変ロ短調が交錯して、ロマンティックな雰囲気を醸し出しています。ハイドンはこの頃、エステルハージー家の侍医ゲンツィンガーの夫人と親密な関係を持っておりましたので、その反映とも考えられます。
第3楽章フィナーレにはテンポ・ディ・メヌエットという指定があります。変ホ長調で始まる典雅なメヌエットは、変ホ短調の中間部で陰を作ります。
●井上太朗:《モーツァルトの主題による変奏曲》
変ロ長調の主題は1791年に作曲された《6つのレントラー舞曲》K.606の第1曲のもので、原曲はヴァイオリン2本とバスによる16小節の短いものです。
私はこの変奏曲をパソコンを使ってオーケストラ曲として作りました。今日のはクラゲィーア用に編曲したもので、主題と7つの変奏曲よりなります。第2変奏の後半には低音都に《ジュピター》のテーマを入れました。第6変奏曲はト短調です。最後に再び主題が
繰り返されて曲を終えます。作曲は1999年6月です。
●モーツァルト:《シャックまたはゲルルの主題による8つの変奏曲》ヘ長調 K.613
この主題は1789年秋にウィーンで上演された音楽入りの道化芝居《愚かな庭師》の第2幕で庭師のアントンが唱う歌に基づいています。この芝居の音楽はベネディクト・シャック(1758−1826)によりますが、この歌はアントンを演じたバスのゲルルが作ったとも考えられます。モーツァルトは前奏を含む44小節全部を使って8つの変奏曲を作りました。モーツァルトが書いた最後の変奏曲で、その変奏の多彩なことはまさしく千変万化といってよく、驚くばかりです。
●ハイドン:クラヴィーア・ソナタ 変ホ長調 Hob.]Y/52
1794年にロンドンで書かれたこの弄放きわまりないソナタから、若き日のベートーヴェンは強い影響を受けたと思われます。
第1楽章アレグロは重々しい第1主題で開始しますが、第2主題は対照的な軽やかさを持っています。展開部で活躍するのは第2主題なので、再現部で第1主題が強く印象づけられます。
第2楽章アダージョは主調から遠いホ長調で書かれています。冒頭に現れる二重付点リズムが支配的で、中間部がホ短調の三部形式。全体に幻想曲風の趣があります。
第3楽章フィナーレのブレストは、ハイドンのクラヴィーア・ソナタの中で最大の307小節ですが、実に巧みに書かれていて、快速な音楽の流れに乗せられると、少しも長い感じがしません。
※出演者のプロフィール
★宮坂 純子 (フォルテピアノ)
国立音楽大学卒業後、1982年ドイツに留学。フライプルク国立音楽大学大学院を卒業。ピアノをヘルムート・バルト、室内楽をハインツ・ホリガーに師事。ヴュルツプルク国立音楽大学大学院に入学。卒業後は同大学の非常勤講師を勤める。チェンバロ、ハンマーフリューゲル、クラゲィコードをグレン・ウィルソン、チェンバロをE.W.D.ウルザマー、ピアノをA.トルガーの諸氏に師事。
ドイツを中心にヨーロッパ各地で多数のコンサートを行なう。86年ヴュルツプルクのバッハ週間でチェンバロ協奏曲の夕に出演。同年ヴュルツプルク楽友協会室内楽コンクール2位入賞。87年クリストフ・パインハルトの古楽器のための協奏曲を初演、絶賛されバイエルン放送協会に収録。
外務省の後援でヴュルツプルクにおける日本現代作曲家の夕の企画に参加し出演。89年ブルージュ国際コンクール(ハンマーフリエーゲルのモーツァルト、フランドル音楽祭)に入賞し、G.レオンハルトに高い評価を受ける。92年帰国。日本での演奏活動を開始。95年度村松賞を受賞。98年オール・モーツァルト・プロのCDが日本コロムビアより発売される。


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