第62回例会の内容紹介
音楽をまじえた講演
モーツァルトのシンフォニー(1)
平成14年2月4日 14:00 藤沢産業センター
講師 井上 太郎 会長

モーツァルトのシンフォニー(1)
井上 太郎
1997年から毎年、年初の例会で行なってきた連続講演は今回から「モーツァルトのシンフォニー」です。
第1回目はモーツァルトが1764年、8歳で最初のシンフォニー 変ホ長調K.16を書いた頃の時代背景と、彼がシンフォニーの書き方を誰の作品から学んだかを、参考音楽を聴きながら、お話しようと思います。なお今回取り上げる曲はイタリア旅行以前の作品です。
♪シンフォニーはいつ頃から現れたか。
オーケストラの演奏会のプログラムの中心的存在となるシンフォニーが書かれるようになったのはいつ頃からでしょうか。モーツァルトの祖父の世代にあたるバッハ(1685−1750)やヘンデル(1685−1759)には、コンチェルトやコンチェルト・グロッソ、管法楽組曲といった作品はありますが、シンフォニーと名づけられたものはありません。
つまり、シンフォニーはモーツァルトの父の世代から現れたと言えるのです。しかしモーツァルトの父のレーオボルト(1719−1787)は数十曲書いていますが、残っている作品が少なく、研究も進んでいないので、CDで聴けるものはわずかです。彼の関心は、息子の奇跡とも言える才能をいかに開花させるかに集中したために、1762年以降はほとんど作曲の筆をとらなかったようです。
シンフォニーの起源をたどると、イタリアに行き着きます。オペラやオラトリオから物語を取り去って、純粋にオーケストラの作品として楽しむという聴衆のがこの頃に現れたことを物語っているのです。つまりシンフォニーとはオペラの歌い手の伴奏集団だったオーケストラが主役になって登場したものと言えます。構造的には序曲が拡大して、独立したオーケストラ作品になったと言ってよいのです。
当時のコンサートは今とは違って、作られたばかりの曲がプログラムの中心でした。これは現代のポピュラー音楽と同じです。数世紀も前に作られた音楽が取り上げられるのは、教会音楽の領域だけでした。聴衆はいつも、あの作曲家は今度どんな新作を発表するだろうという期待を持ってコンサートに出かけました。
ですから作曲家は常にこれまでとは一味違う作品を書かねばならなかったのです。
♪18世紀に書かれたシフォニーはどのくらいあるか。
モーツァルトは数十曲、ハイドンは百曲以上書いております。これから類推して何曲ぐらいでしょうか。もちろん失われた作品も沢山あります。これについてヤン・ラルーというアメリカの学者が1988年に出したA Catalogue of 18th−Century Symphony という本には最初の楽章の第1主題の旋律構造を、調性別に分類しているのですが、その数はなんと16558曲に上っているのです。そして作曲者は約1500人を数えます。
失われた作品も数多くあるでしょうから、実数は2万曲以上になると思われます。これは18世紀の聴衆がいかにシンフォニーを求めていたかの何よりの証拠です。
これらのシンフォニーは出版されるよりも写譜として、それも総譜という形ではなくパート譜のセットの形で流通し、各地の劇場や宮廷、貴族の館などで開かれるコンサートの需要に応えたのでした。
♪18世紀のシンフォニーの調性の特徹。
私は先の本に紹介された16558曲を調別に、どの調に何曲あるかを調べてみました。多い順に上げると、こうなります。
二長調 5103/ハ長調 2208/ト長調1983/
へ長調1749/変口長調1590/変ホ長調1543/
イ長調1026/ニ短調 319/ホ長調 286/
ハ短調 274/ト短調 206/ホ短調 75/
へ短調 71/イ短調 69/ロ短調 28/
変イ長調12/ロ長調 5/変ロ短調 3/
嬰へ短調 3/変ホ短調 2/嬰ハ短調 2/
変ニ長調1/嬰へ長調 0/嬰卜短調 0
この分類をモーツァルトのシンフォニーにあてはめるとこうなります。現在確認できる47曲を調べました。
ニ長調14/ハ長調 9/ト長調 7/
へ長調 4/変ロ長調 4/変ホ長調 4/
イ長調 3/ト短調 2
このようにモーツァルトも多い順は同じです。ニ長調が圧倒的に多いのは当時のシンフォニーの主体が弦楽器だったからです。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスにはそれぞれ4本の弦がありますが、その内2本がどれもニ長調のドにあたるニ音とソにあたるイ音になっているからで、弦を指で押さえないで鳴らす開放弦の奏法でよく響くのです。逆に嬰へ長調や嬰卜短調の曲がないのは演奏しにくいからです。

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