第65回例会の内容紹介
音楽をまじえた講演
ザルツブルク・モーツァルトあれこれ
平成13年6月24日 14:00 藤沢産業センター
プログラム
講演 牧野 成史

内容梗概
牧野 成史
●オーケストラ合わせで驚いたこと
ザルツブルク大聖堂の専属ソリストになって10年のころ、指揮活動を始めてまもない私に、大聖堂の祝典ミサを振る機会が与えられました。曲は「雀のミサ」K220という20分前後の短いけれど、とてもモーツァルトらしい名曲です。そのオーケストラ合わせの時、なんと一回やっただけで最後まで通ってしまったのです。普通には考えられないことです。
大聖堂オーケストラはモーツァルテウム管弦楽団のメンバー達で名手ぞろいとはいえ、モーツァルトを弾きなれている人たちは、無意識的にモーツァルトの音楽を作りだしているのです。そのような世界があることを私はあらためて実感したものです。
●モーツァルトのDNA
モーツァルトが亡くなって210年が過ぎても、ザルツブルクでは独特の音の感覚を持った音楽家が、オーケストラのメンバーであったりオルガニストであったりして地味ながら活躍しています。そしてその中に、私がよくいう「モーツァルトの音楽のDNA」をもった人たちが間違いなく存在します。
そしてかれらによってモーツァルトが演奏され、技術が受け継がれています。ザルツブルクにはそのような宝が無数に存在しますが、その価値を人々がどんどん忘れていきます。私の使命はそれを部分的にでも残していくことです。
●半年で20曲以上
ザルツブルクの教会の中では歴史と伝統の演奏が今も引き継がれています。
24オの時初めてザルツブルクでソリストとしてモーツァルトを歌った頃は無我夢中で、歴史や伝統などはいっさい考えていなかったように思います。
年間50数週ある聖週間でミサが演奏されますが、その大半に出演することになった私には、木曜日に楽譜をもらっては日曜日に歌うという課題が課せられました。毎週、音を採るのに必死でしたがわずか半年間に、20曲以上のミサ曲を勉強することができました。
10数年たってモーツァルトのミサ曲を指揮していると、その頃の記憶が1曲ごとによみがえってきます。
音楽家として多感な、いちばん吸収できる時期をザルツブルクに15年以上も住み、モーツァルトを中心にバロック古典のミサ曲を演奏して過ごせたのは幸運だったと思います。
●大聖堂の音
モーツァルトが、その宗教曲のほとんどを初演した大聖堂の音響は独特で、またそのために独特の音の立て方(歌い方)が存在します。ただアコースティックの長さだけではなく、極めて微妙なスピード感と、しっかりした表現が必要です。モーツァルトが実際に作曲する際にも、大聖堂の音の状態を試行錯誤しながら書いたはずです。
●教会の古文書書庫で
ある教会で古文書書庫に、日本人として初めて入れてもらう機会がありました。
ザルツブルクでも屈指の由緒ある教会です。その書庫の一角の書棚からモーツァルト時代のパート譜が出てきたのです。
表紙の記述から見て、モーツァルトの自筆の譜面から写譜したものでした。手に取ってみると今にも崩れてしまいそうなその譜面は、200年という時を越えて、音楽の深さ、深淵さをまた違った形で、私たちにそれが事実であったことを伝えてくれます。音楽家には演奏を後世に伝えるという大切な役目があります。ましてこういった場にいることのできた音楽家にはなおさらでしょう。
●構浜モーツァルト・アカデミーの創立
1994年から歌手としての仕事に加えて、指揮の仕事をはじめました。そして日本にモーツァルトの宗教音楽を中心とした名曲を紹介するため、1998年に横浜モーツァルト・アカデミーを組織しました。日本にもともと無かったものを自分の手でひとつひとつ積み上げてゆく作業は、当初考えていたよりも大変でした。
モーツァルトの作品でも宗教曲は一部を除いて、全くといってよいはど知られていません。若きモーツァルトがさまざまな制約の中で書き、また演奏した沢山の音楽の、ともすれば地味にも思われてしまうものの価値を、知らしめることの重要性と難しさを感じています。それはザルツブルクには現在まで延々と伝わっているものです。
●私の受けた恩恵をどのように伝えるか
こんにち、情報化という流れにあって伝統や歴史があまり重要視されなくなってきました。政治的な変動、また情報過多で多くの音楽家が自己を見失いかけています。ザルツブルクでも少しずつ音楽が変わりつつあります。しかしその中で、モーツァルト時代の音楽家や弟子たちの末裔が、部分的にですがその音楽をしっかりと伝えてくれています。
異国からザルツブルクに来た私がその恩恵にあずかれたことは、実に幸運でしょう。
言葉で語ることのできないものはたくさんあります。その場にいなければわからないこともいろいろあるでしょう。音楽の世界は技術や演奏法だけでは説明できません。
私の受けた恩恵をどのように伝えるか、今後も考え、試し続けていこうと思います。
※出演者のプロフィール
オーストリア国立モーツァルテウム音楽大学を経てスイス、バーゼル音楽大学、同大学院を最優秀で卒業。
声楽と室内楽のディプロム並びに、国家演奏家資格を取得。
声楽をクルト・ヴィドマー、合唱指揮をヤーノシュ・ツィフラの諸氏に師事。
1984年日本人として初めてザルツブルク大聖堂の専属歌手としての名誉を得て、現在に至る。
1986年ハンブルク国立歌劇場と客演契約を結ぶ。89年南東バイエルン州立歌劇場、92年スイス、ビエンヌ市立歌劇場と専属契約を結び、多数のオペラに出演。オラトリオ歌手として、ザルツブルク国際モーツァルト週間、アンスバッハ国際バッハ週間、国際ミルシュタット音楽祭、など多数の音楽祭に出演している。
1994年より本格的に指揮活動を開始する。同年、東京における 《メサイア》でデビュー。
1995年ザルツブルク大聖堂での祝典ミサを日本人として初めて指揮。好評を博す。
大阪モーツァルト・アンサンプル、東京アカデミア・シンフォニカなどを指揮。
1998年横浜モーツァルト・アカデミーを結成。音楽監督として過去5回の定期公演、ザルツブルク公演、レクチャーコンサートなどモーツァルトの教会音楽に重点をおいた啓蒙活動を意欲的に行っている。
バロックから現代までの幅広いレパートリーをもち、特にモーツァルトの解釈では、内外で高い評価を得ている。
現在、ザルツブルク大聖堂専属ソリストの任とともに、所沢バッハ・アカデミー、横浜モーツァルト・アカデミーの両合唱団、アンサンプルの音楽監督、常任指揮者。

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