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第78回例会の内容紹介

 菅野 潤のピアノ独奏によるハイドンとモーツァルトの作品 

  平成15年9月7日 14:00 藤沢リラホール 
  
   ピアノ独奏:菅野 潤

♪ ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調
♪ モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調
♪ モーツァルト:デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調
♪ モーツァルト:アダージョ ロ短調
♪ モーツァルト:ピアノ・ソナタ 変ロ長調




当日のプログラムより

                                井上 太郎

曲 目 解 説

♪ ヨーゼフ・ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調   (No.59 Hob.16−49)


 ハイドンがこれを書いたのは、エステルハージー家に仕えていた最後の時期である1789年から90年の頃と考えられ、ハイドンのこのジャンルにおける最高傑作の一つとされております。

 第1楽章アレグロは200小節を越える長さで、冒頭の短いモティーフが活躍し、また53小節から始まるモティーフはベートーヴェンの第5シンフォニーの有名な「運命」のテーマそっくりです。
 第2楽章アダージョ・エ・カンタビーレは変ロ長調と変ロ短調が交錯してロマンティックな雰囲気を醸し出しています。ハイドンはこの頃、エステルハージー家の侍医ゲンツインガーの夫人と親密な関係にあったので、その反映とも考えられます。
 第3楽章フィナーレにはテンポ・ディ・メヌエットという指定があります。変ホ長調で始まる典雅なメヌエットは、中間部で変ホ短調の陰を作ります。
 なおハイドンの作品にはモーツァルトのケッヘル番号に相当するホーボーケン番号がつけられています。これはオランダの書誌学者アントニー・ファン・ホーポーケン(1887−1983)の研究によるものです。

♪ モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調、K.545

 この曲についてモーツァルトは、1788年6月28日の日付で自分の作品目録に「初心者のための小さなクラヴィーア・ソナタ」と記しております。ピアノを習い始めて最初に弾くまともな曲と言えばこれでしょう。
 この曲が書かれた時期は有名な3大交響曲と同じ頃で、作品目録にはこれと一緒に第39番の交響曲変ホ長調(K.543)が記されております。
 第1楽章アレグロの始まりは単純に見えますが、第1主題の旋律の上向下降のバランスは完璧です。18小節から21小節までの16分音符のきらめく美しさはどうでしょう。29小節からト短調で始まる展開部の後で、本来なら第1主題がハ長調で現れるはずなのにへ長調で現れます。
 第2楽章アンダンテはト長調のおだやかな旋律で始まり、33小節から48小節まではト短調、へ長調、ハ短調と目まぐるしく転調し、最後は滅7度という特殊な和音でクライマックスを作ります。モーツァルトはもはや「初心者用」であることを忘れてしまったかのようです。
 第3楽章アレグレットはハ長調に戻り、右手と左手が1拍づつずれて弾かれる楽しい主題で始まります。

♪ モーツァルト:デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K.573

 この曲の主題を作ったジャン-ピエール・デュポール(1741−1818)は優れたチェロ奏者で、プロイセン王フリードリヒ2世に招かれて王室礼拝堂の主席奏者となり、傍ら皇太子だったフリードリヒ・ヴィルヘルム2世にチェロを教えたりし、宮廷で重要な存在だった人です。
 モーツァルトは1789年にポツダムを訪れた際、国王拝謁の機会を作ってもらうために、デュポールの曲を主題とするこの曲を書いたと考えられます。 この曲はピアノのためにモーツァルトが書いた変奏曲の中で最も有名ですが、自筆楽譜は残っておらず、彼の自作目録には「6つの変奏曲」となっているので中の3つはモーツァルトが出版の際に後から書き足したものか、あるいは別人が書き加えたのかハッキリしません。
 主題はデュボールの6曲のチェロ・ソナタの第6番から取られたもので、チェロの曲とは思えない高音域で提示されます。第1変秦は右手が16分音符、左手が8分音符を主としたものです。第2変秦の冒頭は主題の変形です。第3変秦は分散和音が中心となっており、第4変秦は3連音が多用され、第5変奏はかなり自由な変奏です。第6変奏ではニ短調の暗い影を帯びますが、第7変奏で再びニ長調に戻ります。第8変秦はアダージョでモーツァルトが得意とした即興演奏の様子がうかがえます。最後の第9変秦は快活なアレグロで、主題を回帰して曲を閉じます。


♪ モーツァルト:アダージョ ロ短調 K.540

 モーツァルトのピアノ曲でロ短調で書かれた曲はこれしかなく、自筆目録に記された完成の日付は1788年3月19日です。この曲がどのような経緯で作られたのか全くわかりませんが、彼の深い音楽性がうかがえる傑作です。
 モーツァルトのピアノ曲には表現の指定が概して少ないのですが、この曲には実に細かい指定がつけられております。モーツァルトのピアノ曲でこれほど綿密に指定のある曲はありません。彼がこの小品に並々ならぬ気持ちを込めた現れと言えましょう。


♪ モーツァルト:ピアノ・ソナタ変ロ長調 K.570

 自作目録に1789年2月とあるこの曲は、彼の死後の1796年にウィーンのアリタリアから出版された時にはヴァイオリン伴奏つきのソナタとなっておりました。しかしこういう形にしたのはモーツァルト自身によるものではないというのが今日の定説です。

 第1楽章アレグロは変ロ長調の主題が簡素なユニゾンで始まりますが、ト短調を経て第2主題が変ホ長調で出てくるのは通常のソナタ形式と違います。そして左手に出てくる第1主題に対し、右手が対位法的な旋律で答える形は珍しく、展開部が原調から遠い変ニ長調で始まるのも意表を衝くと言えましょう。
 第2楽章アダージョは変ホ長調のゆったりとした主題で始まります。その繰り返しに続いて、ハ短調の悲痛な部分に入ります。これがさらにヘ短調に変わって繰り返され、再び最初の変ホ長調の主題に戻ります。
 第3楽章アレグレットは軽快なロンドで、浮き立つようなリズムを持つ主題は、モーツァルトならではのものと言えましょう。



出演者のプロフィール

♪菅野 潤


1956年生まれ。桐朋学園音楽学部ピアノ科卒業。1978年、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に留学。ピアノをイヴォンヌ・ロリオ、室内楽をモーリス・クリュット、ブルーノ・パスキエの各氏に師事し、1981年にピアノ科、1982年に室内楽科をそれぞれ1等賞を得て卒業。1982年にはパリ・エコール・ノルマル音楽院に在籍し、審査員全員一致で演奏家資格を得る。さらにジェルメーヌ・ムニエ、ヴラド・ペルルミュテール、ゲオルギー・シェベック、ウラディミール・ホルポフスキーの各氏について研鑽を積む。

1982年から84年にかけて数々の国際コンクールに上位入賞。また89年にはローマ、アヴァンティーノ音楽祭で最優秀演奏賞を受ける。これまでにパリ・シャンゼリゼ劇場、東京・紀尾井ホールなど世界各地の主要ホールでのリサイタルのほか、N響、日本フィル、ポーランド国立クラカウ交響楽団、ザルツブルク室内管弦楽団、ベルリン室内合奏団などと共演。室内楽の分野では、ウィーン弦楽四重奏団、ザルツブルク・モーツァルテウム四重奏団、またピエール・アモワイヤル、ダニエル・グロギュラン、ブルーノ・パスキエの各氏らと欧州各国及び日本で定期的に共演している。96年よりバルセロナ・カレーロ音楽院教授。現在パリを拠点とし演奏、コンクールの審査などを行なっている。