| 第83回例会の内容紹介 |
平成16年5月16日 14:00 藤沢リラホール |
| 曲 目 解 説 |
♪モーツァルト:ピアノ協奏曲ニ短調 第20番 K.466 モーツァルトのピアノ協奏曲中、ハ短調(第21番K.491)と共に2つしかない短調の曲の傑作である。ニ短調は歌劇《ドン・ジョヴァンニ》 K.527 や絶筆の《レクイエム》 K.626など特別な意味のある曲にしか使われていないが、それをビアノ協奏曲に使ったということは、この分野で誰も試みなかったデモーニッシュな表現に挑戦しようとしたからであろう。当時の聴衆は驚いたと思うが見事に成功した。時代の流れはこういうものを受け人れるロマン主義の方向へと向かっていたからである。1785年2月11日、ヴィーンでの初演を聴いた父親の手紙によると終楽章の楽譜は演奏直前に出来上がったという。ベートーヴェンはこの曲を好みカデンツァも書いている。 今日のように2台のピアノで演奏されることは減多にないので、聴きどころは原曲との違いであろう。編曲はファーパーによる。カデンツァは、第1楽章のはパドゥラ・スコダ、第3楽章のはプレンデルによる。 ♪モーツァルト:2台のピアノによる4手のためのソナタ ニ長調 K.448 モーツァルトの作品の中で2台のピアノを使った4手のためのソナタはこれだけである。完成の時期が1781年11月であろうと考えられるのは、11月23日にヴィーンのアウエルンハンマー邸の演奏会で初演されているからで、この時、第1ピアノをモーツァルトの弟子のアウエルンハンマーが、第2ピアノを作曲者自身が弾いた。モーツァルトは彼女と2台のピアノのための協奏曲K.365も演奏しており、その実力を認めていたことがうかがえる。 この曲は2台のピアノが全く対等に競い合い、助け合ってコンチェルタントな効果を上げるように書かれている。 第1楽章は2台のビアノの演奏者の両手のユニゾンで力強く始まる。16分音符の音階上昇による経過部は二人の対話のようである。第2主題の提示も対話を思わせる。 第2楽章はト長調で、第1奏者の右手によって主題が提示される。第2主題の掛け合いも実にたのしい。 第3楽章は主調のニ長調に戻り、華麗なロンドが展開される。モーツァルトの作曲技法の多様さは、聴くものを飽きさせない。最後は華々しいユニゾンで終る。 ♪モーツァルト:ピアノ協奏曲イ長調 第23番 K.488 1784年から86年にかけてピアノ協奏曲の傑作が続々と生まれたのは、モーツァルトがこの分野で最高の人気があったからで、聴衆は毎回新作のピアノ協奏曲の初演を楽しみに予約演奏会に出かけた。ここが現代のクラシック音楽の演奏会と大きく違うところである。 モーツァルトも聴衆の好みに応えるべく、ニ短調の暗い曲の次には晴朗なハ長調K.467を書いている。 イ長調のこの曲は歌劇《フィガロの結婚》 K.492が書かれ始めた頃の作品で、完成は1786年3月2日となっているが、初演の時日は知られていない。この曲は全曲おだやかな気分が溢れ、特に嬰ヘ短調の第2楽章が美しい。昨年10月の例会で私がフルート、ハープチェロに編曲したものが演奏されたのを記憶されている方もあろう。今回もペックによる編曲と原曲の違いが楽しみである。なおこの2曲共にぺーレンライター版。 |
| 出演者のプロフィール |
松井 香織 まつい かおり 桐朋女子高等学校音楽科を経てミラノ・ヴェルディ国立音楽院ピアノ科演奏家コースを首席で卒業、同時に名誉賞受賞。 イタリア・トルトーナ国際音楽コンクール第2位、同時に現代曲最優秀賞受賞。C.ヴィドウッソピアノコンクール第2位。ラッコニージ国際コンクール「ショパン部門」第3位。国内をはじめイタリア各地でリサイタルを開催。2001年帰国後は藤原歌劇団音楽スタッフとして活動し、現在、昭和音楽大学・同短期大学助手。 西奥 章 にしおく あきら 1995年、昭和音楽大学ピアノ・ソリストコースを第1期生として卒業後、翌年より5年間イタリアに留楽。国立ローマ・サンタ・チェチリア音楽院アカデミア修了。在学中よりローマを拠点に演奏活動を開始する。第3回日本クラシック音楽コンクール入賞。1998年、第5回アネモス国際音楽コンクール第1位。以後ローマ夏期音楽祭に出演。 帰国後幅広い演奏活動を開始。現在、昭和音楽大学・同短期大学部講師。 |