湘南モーツァルト愛好会のトップ

   
第85回例会の内容紹介


 
バリトン独唱とピアノ独奏

  平成16年9月12日 14:00 藤沢リラホール 
  
出演

    バリトン: 吉江 忠男
     ピアノ: 津田 真理



プログラム

♪バリトン独唱

シューベルト 《美しき水車小屋の娘》 より
    さすらい/何処へ/小川への感謝/
         ききたがり屋/いらだち/
   朝の挨拶/涙の雨/わがもの/狩人/
  ねたみと誇リ/好きな色/しおれた花/
 水車屋と小川/小川の子守唄 以上14曲


♪ピアノ独奏

モーツァアルト:ピアノ・ソナタ イ長調 K.331
 第1楽章 アンダンテ・グラチオーソ
 第2楽章 メヌエット
 第3楽章 トルコ行進曲 アレグレット


♪バリトン独唱

《フィガロの結婚》 K.492より
「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」(フィガロ)
「もうあんたの勝ちだと言ったな」(伯爵)

《コシ・ファン・トゥッテ》 K.588より
「お話したくても、心が痛んで」 (アルフォンゾ)

《ドン・ジョヴァンニ》K.527より
「シャンパンのアリア」 (ドン・ジョヴァンニ)
「セレナード」   (ドン・ジョヴァンニ)


当日のプログラムより

                                井上 太郎

曲 目 解 説

♪シューベルト:歌曲集 《美しさ水車屋の娘》

 フランツ・シューベルト(1797−1828)が1823年にウィルヘルム・ミュラー(1794−1827)の詩により作曲したこの歌曲集は、製粉を修業する若者を主人公にした一連の物語からなっている。

 昔は水車を動力として製粉を行なっていたので、製粉業を習う若者が水車屋になる資格を得るには、遍歴の旅に出て業者のところに短期間づつ滞在して仕事を覚え、何年か後に同業組合の試験を受けて、それに合格しなければならなかった。修業中に水車小屋の娘と結婚し、娘の親から営業権を譲られて、初めて一人前の水車屋として認められたのである。

 遍歴の旅に出た若者は小川のせせらぎに導かれて水車屋にだどり着く。そこには美しい娘もいる。若者は小川に感謝するが、娘の心を尋ねても答えは無い。いらだちを覚えて唱うこの曲は特に優れている。しかしそれを隠して朝の挨拶をし、自分の気持ちを打ち明けられず涙の雨を流す。けれども若者は気を取り直して烏、小川、水車に呼びかけて自分の喜びの歌を響かせたいと願う。

 そこへ現れたのはたくましい狩人。 娘の心は狩人に向いてしまったのか。妬みに苫しむが、それを口にするのは誇りが許さない。娘の好さな緑色の衣を身に付け、自分が死んだ時には十字架も緑にしてほしいと唱う。そして自分の墓に娘が供えてくれた花はしおれるが、春が来て私を思い出してくれるなら、花は再び咲くだろう。

 最後の2曲は若者と小川との対話である。終曲の「小川の子守唄」はこの一連の物語をしめくくるにふさわしく、心に響く旋律を何度も繰り返す。

♪モーツァルト:ピアノ・ソナタ イ長調 K.331

 この曲はモーツァルトのピアノ・ソナタの中で最も有名たが、第1楽章が変奏曲で、第2楽章がメヌエット、第3楽章がトルコ行進曲という構成は、モーツァルのピアノ・ソナタの中でも異端児といってよい。この曲を含むK.330、K.331、K.332の3曲は、かつてはパリで作曲されたものとされていたが、今はウィーンに住むようになった1783年頃の作品というのが定説てある。

 第1楽章は8分の6拍子の優雅な主題と6つの変奏曲よりなる。第3変奏は短調、第5変奏はアダージョと変化をつけている。第2楽章のメヌエットは中間のトリオが高音域を使って印象深い。第3楽章をトルコ行進曲にしたのは、当時のウィーンではオペラ 《後宮からの逃走》がヒットしたように、トルコ・ブームだったからである。

♪モーツァルトのオペラのバリトンのアリア

 モーツァルトのオペラではテノールよりもバリトンの存在が重要である。まず《フィガロの結婚》から第1幕の最後にフィガロが唱うこの曲は最も有名。初演された
プラハでは流行歌のようにヒットしたという。
 次ぎは第3幕で伯爵がフィガロとスザンナの会話を耳にして、朝からの不可解な出来事を思って唱うアリア。
 《コシ・ファン・トゥッテ》 からは第1幕で老哲学者ドン・アルフォンゾが賭けの口火を切るアリア。
 《ドン・ジョヴァンニ》からは第1幕で酒宴を盛大にやれと従僕のレポレッロに命じるジョヴアンニの生命力溢れるアリア。 次ぎはドンナ・工ルヴィーラの侍女をも
のにしようとマンドリンを弾きながら歌うセレナード。



出演者のプロフィール

吉江 忠男 (バリトン)
 長野県岡谷市生まれ。東京芸術大学声楽科に入学。同大学在学中に「フィガロの結婚」の伯爵役及び「ドン・ジョヴァンニ」のタイトル・ロールでデビュー。

同大学院卒業後の1969年、日独交換留学生として旧西独・デットモルト音楽大学に留学。75年より12年間、フランクフルト歌劇場の専属バリトンとして活躍。ヨーロッパ各地の音楽祭に参加。87年帰国、郷里の岡谷市でバッハを主軸にしたアマチュア合唱団「カンタータ・コア」の指導を続け、95年にはN響の若手奏者を中心とした「チェンバー・オーケストラ信州」を発足させる。現在二期会会員、岡谷市文化会館「カノラホール」の名誉会長。

津田 真理 (ピアノ)
 東京都出身。桐朋学園大学在学中にオートリア政府の奨学金を受け、ザルツプルクのモーツァルテウム音院に留学しハンス・ライグラフ氏に師事。83年第34回ヴィオッティ国際コンクールで第1位特賞を獲得。

86年ボルドー音楽祭で金メダルを受賞。86年モーツァルテウム音楽院を最優秀で卒業。87年パリのエコール・ノルマル音楽院に移り研鑽を重ねた。89年に帰国後は独奏、室内楽等に活躍