第87回例会の内容紹介


巨匠べーム指揮による歌劇 ≪後宮からの逃走≫(全曲)
      −大型スクリーンによるオペラ鑑賞−

平成17年3月5日(土)午後1時より   藤沢市民会館小ホール 

 解説 井上 太郎


プログラム

歌劇《後宮からの逃走》(全曲)K.384

3幕のジング・シュピール

台本:ゴットリーブ・シュテファニー
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

配役

セリム・パシャ(太守)
 ト−マス・ホルツマン(台詞)

コンスタンツェ
 エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)

ブロンデ
     レリ・グリスト(ソプラノ)

ベルモンテ
     フランシスコ・アライサ(テノール)

ペドリッロ
 ノルベルト・オルト(テノール)

オスミン
 マルッテイ・タルヴェラ(バス)

指揮:カール・ベーム
演出:アウグスト・エファーデイング
バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
(1980年4月録画)


当日のプログラムより

                                井上 太郎

曲 目 解 説

  故郷のザルツブルクの大司教に辞表をたたきつけて自由の身となったモーツァルトが、何よりも待ち望んでいたのはオペラの注文でした。器楽曲と違ってオペラには台本が必要ですし、上演のメドが立たなければ書けません。オペラといえばイタリア語の作品ということになりますが、時の皇帝ヨーゼフ二世はドイツ語によるジング・シュピール(歌芝居)を庶民に開放する勅令を出していたのです。モーツァルトは劇場総監督のシュテファニーにわたりをつけ、1783年7月30日に台本を受け取ります。それには《ベルモンテとコンスタンツェ、あるいは、後宮からの逃走》とありました。この「後宮」とはトルコのそれです。
 当時のウィーンの人たちにとってトルコはエキゾティズムの対象でした。一夫一婦制のキリスト教世界では考えられない一夫多妻を示す「後宮」の存在に、男たちは憧れたのです。トルコ風の音楽が流行っていたことは、1783年に作曲されたと考えられる《トルコ行進曲つきピアノ・ソナタ》(K.331)からもわかります。
 モーツァルトはシュテファニーから、9月半ばにロシアの大公がウィーンを訪れる際に、宮廷劇場で歓迎のための新作オペラが上演されるだろうから、それに間に合わせたらどうかと提案を受けたものの、上演までに1カ月半しかありませんでした。しかし、彼はこのチャンスを逃してなるものかと「最大の情熱をもって机に飛びつき、最大の喜びをもって」作曲を始め、台本を受け取った翌々日には早くも第1幕の二つのアリアと、第1幕を締め括る三重唱を書き上げたと、故郷のザルツブルクに住む父親に報告しております。
 オペラの筋は、スペインの貴族ベルモンテが、トルコの太守セリムの後宮に幽閉されている恋人のコンスタンツェと、侍女のブロンデ、召使のペドリッロを連れ出すという話なのですが、彼らは海賊に捕えられてトルコに売られたので、セリムは悪役ではなく、最後にすべてを許す、慈悲深い太守なのです。ただ脱走を邪魔するのは、オスミンという番人で、バス歌手の当たり役です。このオペラで最も面白い存在はオスミンなのです。
 ベルモンテは3人を後宮から連れ出そうと、イタリア人の建築家という触れ込みで後宮に雇われます。彼はうまく3人と会い、番人のオスミンに眠り薬をまぜた酒を飲ませて眠らせて逃走しようとしますが、オスミンが目を覚まし、全員が逮捕されてしまいます。取調べの結果、ベルモンテが太守の仇敵の息子であることがわかるのですが、太守は寛大な慈悲心で全員の帰国を許します。このように最悪の事態になったところで、それを思いがけない解決に導くというのが、モーツァルトの得意とする劇作法なのです。

 オペラを書くときには、どの役を誰がやるかを決めなければなりません。このときはコンスタンツェがソプラノのカヴァリエッリ、ベルモンテがテノールのアダムベルガー、ブロンデがソプラノのタイバー、オスミンがバスのフィッシャーという顔ぶれに決まりました。どれも当時人気の高い歌手でした。しかしセリムには歌は無くセリフだけです。
 作曲は順調に進んだのですが、8月の終わりになって大公の来訪が11月に延期になることが決まります。モーツァルトは作曲にじっくり取り組む時間を得たので、シュテファニーと台本の改定の検討を始めました。全3幕の内、後半に行くほどブレッツナーのオリジナルから離れた部分が多くなるのです。作曲もそれに従って進められ、その経緯は父親への詳細な報告の手紙から知ることが出来ます。

 序曲は単独で演奏されることも多く、甲高いピッコロの音、強烈な打楽器などで、モーツァルトが手紙に書いているように、「たとえ一晩じゅう眠らなかった人でも、眠ってはいられないでしょう」といった具合です。
 第2幕第11番のコンスタンツェのアリア「どんな責苦があろうとも」は、このオペラの中でも特に重要な10分余にわたるもので、このアリアではコロラトゥーラ・ソプラノの華麗なパッセージがふんだんに出てきて最高音は「ニ」まで上ります。これとは逆にオスミンが第3幕で唱う第19番のアリア「勝どきを上げるぞ」では最低音が「ニ」まで下がります。これはモーツァルトが歌のために書いた最も低い音です。 

出演者のプロフィール

♪カール・ベーム(1894ー1981)(指揮)
大指揮者として著名な彼の殆ど最後の指揮の様子を録画したこれは、貴重なものである。聴衆の熱狂ぶりから見ても彼の人気がうかがえよう。その名声は半世紀に及び、我国でも何回かその名指揮ぶりを披露している。

♪アウグスト・エファーディング(演出)
ドイツの演出家。ミュンヘン国立歌劇場はもとより、ハンブルク、バイロイト、ウィーンなどでも活躍している。

♪エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)
チェコ出身のコロラトゥーラ・ソプラノ。世界最高の存在として歌のみならず、舞台での派手やかさは抜群。
 
♪フランシスコ・アライサ(テノール)
メキシコ出身のテノール。イタリア・オペラを得意とするが、シューベルトの歌曲のリサイタルも開いている。

♪レリ・グリスト(ソプラノ)
 アメリカ生まれ。コロラトゥーラ・ソプラノとして非常に高い音域を持っている。脇役として人気が高い。

♪ノルベルト・オルト(テノール)
 ドイツ生まれのテノール。1977年からミュンヘン国立歌劇場のメンバーとなった。

♪マルッテイ・タルヴェラ(バス)
 フィンランド生まれのバス。巨大な体躯と重厚なバスのこの人は、初演の時の名歌手フィッシャーを思わせる。



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