| 第96回例会の内容紹介 |
平成18年7月8日(日)午後2時より 藤沢リラホール |
| 曲 目 解 説 |
| 井上 太郎 吉野 忠彦 |
♪ベートーヴェン:《魔笛》の主題による7つの変奏曲 WoO.46 モーツァルトにまとまったチェロの作品がないのはチェロが通奏低音の楽器としての役割から開放されていなかったからである。彼の死後、1796年にチェロ奏者のジャン=ルイ・デュポールのために書かれたこの作品と2曲のチェロ・ソナタ(作品5)がクラヴィーアを伴うチェロ奏者の芸を披露する最初の作品となったのだ。 モーツァルトのオペラの中でベートーヴェンが最も好んだのは《魔笛》だった。その中から主題を取って書いた変奏曲は2曲あり、最初に演奏されるこの曲は、パパゲーノとパミーナの二重唱「恋を知る殿方には」によるもので、作曲は1801年である。 ♪モーツァルト:チェロ・ソナタ断片 変ロ長調 アンダンティーノ K.374g この曲はニッセンとヤーン伝記、及びケッヒェルのカタログの初版と第2版に記載されているト短調の「クラヴィーアとチェロのためのアンダンティーノ」の調性が誤って伝えられたものらしいと言われているが、冒頭の旋律は明らかに変ロ長調なので、ト短調の曲はまだ発見されていないと考えるべきだろう。作曲時期は1781年夏ではないかとされ、後世の編曲で演奏される。 ♪ベートーヴェン:《魔笛》の主題による12の変奏曲 作品66 これは先の変奏曲より前の1796年に作曲されたもので、パパゲーノがユーモラスに唱う「恋人か女房か」のアリアによる変奏曲である。調性はヘ長調。ベートーヴェンの音楽にしばしば現れるユーモラスな面と、モーツァルトのそれとの絡み合いが聴きどころであろう。 ♪モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475 ハ短調というベートーヴェンの好んだ調で書かれたこの曲は1785年に作曲され、前年に作曲されたK.457のソナタと一緒に出版されたので、ソナタの前奏曲のように扱われることが多い。冒頭のアダージョから転調が激しいのでハ短調を示すフラット3つの調記号は使われていない。ベートーヴェンのハ短調「悲愴ソナタ」作品13への影響は顕著と言える。 ♪カサド:無伴奏チェロ組曲 ガスパール・カサド(1897-1966)は、前世紀最高の巨匠カザルスに師事し、師と共にスペインを代表するチェリストで、日本人のピアニスト原智恵子と結婚したためにわが国ではお馴染みの人であった。その豊かな音量と情熱的な演奏及び情緒にあふれた魅力的な作品は彼の死後も忘れられていない。1926年に出版された無伴奏組曲は、チェロの可能性と奥深さを徹底的に追求した傑作で3部分から成っている。特にカタルーニャ地方の輪舞の名前を与えられた第2部やフラメンコの情緒とリズムの変化に富む第3部が極めて印象的である。 ♪マルティヌー:2つの変奏曲 ボヘミアの寒村に生まれたボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)は、幼少期やプラハ音楽院とパリでの勉学期そして1940年からの米国での亡命生活など生涯の殆どを孤独の中に送った。そのチェコ人としての意識が特に強く発揮されたのは今次大戦直前からのナチスの迫害に対する抗議の意味を込めた作品群においてであろう。戦後は愛する祖国に帰ることを共産主義政権によって拒否され、53年からは深い望郷の念のうちにスイスなどで暮らしたが、「私が知っていさえすれば」という民謡に基く「スロヴァキア民謡による変奏曲」を書いた2ケ月後にこの世を去った。 また「ロッシーニの主題による変奏曲」も苦渋に満ちた亡命中の1942年に書かれたもので、ロッシーニのオペラ「モーゼ」からのメロディーに基く4つの変奏とコーダから成っており、ピアティゴルスキーに献呈された。 |
| ◎演奏者のプロフィール ルドヴィート・カンタ (チェロ) スロヴァキア共和国を代表するチェリスト。1957年7月9日生まれ。生地ブラティスラヴァやプラハの音楽院で勉学後、1987年、スロヴァキア・フィルのソロ奏者に就任。8年間に亘り、欧州各地や日本などで多数のコンサートを行った。 1990年5月以来オーケストラ・アンサンブル金沢の首席チェロ奏者を勤め、以来ソリストとして同オーケストラのほか、NHK交響楽団、大阪センチュリー交響楽団など多くの国内オーケストラやスロヴァキア・フィル、プラハ交響楽団などと協演し、好評を博している。また世界各地でのソロ・リサイタルも行い、CD録音も多い。1995年からは愛知県立芸術大学で後進の育成にも意欲的に取り組んでいる。 上田 晴子 (ピアノ) 東京芸術大学音楽部卒業、東京芸術大学大学院修了後、ロータリー財団奨学生として渡仏、パリ・ヨーロッパ音楽院卒業。1983年クロイツァー賞に始まり各種のコンクールに入賞。以後、ソリスト・室内楽奏者としてパリを拠点に活躍中であり、J・J・カントロフ、 P・ヴェルニコフなど多数の著名な演奏者達と協演している。 1989年よりパリ国立高等音楽院で伴奏者を務め、95年同音楽院室内楽科助教授に就任。1996年以来、毎年帰国して独自の企画による演奏会を開催するほか、「若きマエストロ」シリーズコンサートをプロデュースして若い才能を育成している。 |