第103回例会の内容紹介


木野 雅之 ヴァイオリン・リサイタル

平成19年11月18日(日)午後2時より   藤沢リラホール 



プログラム

出演
ヴァイオリン 木野 雅之
ピアノ伴奏 水月 恵美子

曲目
モーツァルト:
♪ヴァイオリンソナタ  ホ短調  K.304
♪ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
♪ロンド ハ長調 K.373
♪ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219


当日のプログラムより

                                     井上 太郎 

曲 目 解 説

♪ ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 K.304
この曲は21歳になったモーツァルトが、母親と一緒に就職先を求めてマンハイムとパリに旅行したときにパリで書かれたと以前には言われていたが、書き始めたのは1778年初頭にマンハイム、完成はその年の初夏にパリというのが定説になっている。そしてその年の11月に同じヴァイオリン・ソナタの K.301,K.302,K.303,K.305,K.306とともに、選帝侯妃マリーア・アンナ・ゾフィーへの献辞をつけてパリの出版社ジャン・ジョル ジュ・シベールから出版された。

この曲が他の5曲と著しく違うところは、モーツァルトが滅多に使わないホ短調で書かれていることである。第1楽章は物寂しい弱音のユニゾンで始まる。このような始まりの曲はモーツァルトの作品には他に無い。彼の当時の心境がそのまま語られているのではなかろうか。というのも、この旅は本来は新天 地を求めて父親と行くはずだったのが、父親の辞表は受けられず、やむなく母親が同行したのだった。しかしマンハイムでの就職に失敗しただけでなく、パリに 来て間もなく母親は病床につき、7月には死ぬのだ。この絶望感がこの曲にこめられていると思われる。第2楽章もホ短調で始まり、中間部はホ長調になるが、これは母への思慕であろう。1小節の空白がそれを物語っているかのようである。

♪ ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
モーツァルトの真作とされるヴァイオリン協奏曲は5曲に過ぎない。そのうち第1番は1773年、残りはすべて1775年に書かれている。しかしそ れ以後、ウィーン時代には、ピアノ協奏曲は数多く書かれたのに、不思議にもヴァイオリン協奏曲は書かれなくなってしまう。これは何を物語っているのだろうか。
モーツァルトの父は現在でも使われている『基本的ヴァイオリン教程の試み』の著者である。息子が幼年時代からヴァイオリンの演奏に秀でていたこ とは、誰よりもよく知っていた。ということは、息子がヴァイオリンの名手となることを期待していたのである。ところが息子は作曲家としての将来を考えるようになる。その考えの相違が1775年以降の作品に表れてくるのである。

5曲のヴァイオリン協奏曲は集中的に書かれたのだが、第1番及び第2番に比べ、第3番はアインシュタインが「モーツァルトの創造の奇跡」と言っているように、飛躍的な変化を見せているのだ。

第1楽章の第1主題は、その年の4月に完成されたオペラ《羊飼いの王様》の第3曲のアリアの序奏から取られたが、2つを比較すると同じ主題を使いながら活力は遥かに優れている。それはシンコペーションの巧みな使い方と、低音の強いアクセントにある。

第2楽章のアダージョのゆったりした歌は、独奏ヴァイオリンによって唱い上げられ、16分音符の3連音を多用したオーケストラとの美しい対話が続く。

第3楽章はフランス語でロンドーと書かれている。冒頭の主題は単純だが、それに続く独奏の主題の展開が面白い。中間部はト短調のアンダンテになったかと思うと、一転して民謡調のト長調のアレグレットに変わる。このメロディーは《シュトラスブルガー》という古い民謡という。最後は弱音で終わる。

♪ ロンド ハ長調 K.373
モーツァルトが仕えていたザルツブルクの大司教コロレードが1781年にウィーンを訪れた時、モーツァルトは宮廷オーケストラのコンサートマスターのブルネッティおよびカストラートのチェカレッリとともにお伴することを命じられた。それは大司教がお抱えの音楽家たちをウィーンの貴族たちに披露し、自慢しようと思ったからである。

その音楽会でブルネッティの独奏で初演されたのがこの曲で、協奏曲の終楽章の形をとっている。小品ながら見事な仕上がりの傑作といえる。

♪ ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 「トルコ風」
第3番の協奏曲が書かれてから3ヶ月後の1775年12月20日に完成されたこの曲は、モーツァルトのこのジャンルにおける最高傑作である。モーツァルトの協奏曲には言葉の無いオペラを思わせるところがあるが、この曲は特にそうだ。

第1楽章のはじめはアレグロ・アペルトでオペラの序曲のようである。そして40小節からアダージョになって、初めて独奏ヴァイオリンが登場する。6小節はオペラのレシタティーヴォさながらで、ようやく46小節からアレグロ・アペルトになって独奏ヴァイオリンの華々しい演奏が始まる。

第2楽章はホ長調で、細かに揺れ動く旋律の美しさはすばらしい。短調のしっとりとした味わいの部分もあり、オペラのアリアを思わせる。

第3楽章はイ長調ののどかなテンポ・ディ・メヌエットで始まるが、メヌエットは現れては消え、消えては現れる。その間に様々な趣きの楽曲が挿入さ れているのである。その中で最も際立っているのは、トルコ風、あるいはジプシー風の荒々しい短調の部分だ。こういう音楽は当時、エキゾティシズムとして歓迎されたらしい。この曲の愛称の「トルコ風」はここから来ている。後に書かれる有名な《トルコ行進曲》もイ短調で始まるところを見ると、モーツァルトの音感覚では、トルコ風はイ短調と結びついているようである。最後が弱音で終わるのも洒落ている。

◎演奏者のプロフィール

木野 雅之 (ヴァイオリン)
 桐朋学園を経て、ロンドンのギルドホール音楽院にてニーマン教授に師事。卒業後もN・ミルシュタイン、R・リッチ、Y・ギトリスに師事して研鑽を積む。カール・フレッシュ国際ヴァイオリン・コンクール(ロンドン)などでいくつかの賞を受賞。英国を拠点にコンサート活動を行っており、ロイヤル・フィル、ベルリン響、ポーランド国立放送響、モスクワ放送響など数多くのオーケストラと共演を重ねている。また、サンレモ、オールドバラ等国際音楽祭への参加も多く、RTSI(スイス)のテレビ・ラジオに出演するなど海外で幅広く活躍している。
国内では、93年4月より日本フィルのコンサートマスターに、02年7月よりソロ・コンサートマスターに就任、現在に至る。97年より長野県白馬にてマスター・クラスを開催、桐朋学園大学講師として後進の指導にもあたっている。使用楽器は恩師リッチから譲り受けた1776年製ロレンツォ・ストリオーニ。

水月 恵美子(ピアノ)
桐朋女子高校音楽科を経て、桐朋学園大学卒業。ジュネーヴ国際コンクール指揮部門東京予選、二期会オペラ振興会等のピアニストを務める傍ら、ソリストとしても関西フィル、東京シティフィル、日本フィル、札幌交響楽団等と共演、その後フィンランド政府給費留学生として、フィンランド国立シベリウス・アカデミーに入学。舘野泉氏のもとで研鑽を積み、同校のソリストコースを最優秀の成績にて終了。「フィンランド音楽祭/白夜のソリストたち」、ヤルヴェンバーで開催されたシベリウス・ウィーク、オウルンサロ音楽祭(1998-2004)、日本シベリウス協会設立記念行事「シベリウス・セミナー&コンサート」(2000&05)などに出演。



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