部員の声

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  関東大会を総括する
これは神奈川県高等学校演劇連盟「生徒実行委員会」が発行した「劇ツウ」に掲載された文章を転用しました。



『嬉々楽々な関東大会』

                            舞台監督 出川恭平(2年)

 今回、関東高等学校演劇研究大会に参加して、一番大変さを感じたのは、本番前のセットの建て込みでした。セットの建て込みは実質5分しかとれなく、本番1週間前までは6分30秒を超えていて、部員にも不安の色が隠しきれませんでした。しかし、それからの練習を重ねていくと、日に日に時間が早くなり、ようやく5分30秒を出せるようになりました。そして、本番も大体そのタイムの前後で建て込みを終了することが出来、舞台監督として、とても嬉しく感じました。実は他の会館では、2階部分に吊って立てるはずのパネルを、拒否されたこともありました。しかし、千葉のスタッフの方々と実行委員会の先生方は、快諾してくださり、リハーサルをスムーズに行うことが出来ました。また、袖にセットを置いておく時にも、大きなスペースを確保してくださいました。ホントに、関東大会の開催に協力してくださった方々に感謝をしています。
 今回の大会ではどの学校も幕間の時間管理が課題として残っていたと感じました。来年出場する学校には、どんな理由があっても大会運営に支障をきたさないように改善できるようにして欲しいと思いました。また、どの学校も、人数が多い場合はそれを自覚して、会館や一般客の方に迷惑をかけないように、ロビーの使い方も考えた方がいいのではないかという人が見受けられました。しかし、全体的に他校の発表もレベルが高く、とても嬉しく、楽しい関東大会でした。

『持ちつ持たれつ』

                         演出部チーフ 柴田晴香(2年)

 今回私達が大会に臨んだ「じゃがいもかあさん」は、大会作品として私の初演出作品となります。私は先代の演出の先輩と違い経験も乏しく、更にストレートプレイでなく“音楽劇”を演出するということで、不安で仕方ありませんでした。しかし、先生や、先輩から多くの助言を頂いて自分のやり方を確立していくことができ、なによりキャストが、自分の演出・立ちの進め方・この芝居自体を支えてくれたように感じます。演出の立場となって初めて感じたことですが、演出がキャストを支えているように見えて、実はキャストが演出を支えているのです。一本の芝居をつくっていく上で“持ちつ持たれつ”なのは当たり前といってしまえばそうなのですが「各々が自分の持場・責任をよく理解し、それを精一杯こなす」ことが結果的に他の持場を助けることにもなり、全体のまとまり、表には出ない根底にあるなにかを強くすることが出来るのだ、と感じました。私はダンス指導のチーフも務めていますが、そこでもやはり同じようなことを感じます。ダンス指導部皆で精一杯つくったダンスを、皆精一杯踊ってくれます。そしてダンスシーンが華があり迫力あるものになり、演出の支えとなります。今ある「じゃがいもかあさん」は様々な問題を乗り越えて全員で作り上げた大切なものです。これからも更に進化させていけるよう、精一杯自分の出来ることをやっていきます。

『裏話、のようなもの』  

                          照明部チーフ 鷹野まい(1年)

 実は今回の関東大会でオペレーターをやったのは2度目でした。やるという事が決まったのが去年の12月末のことで、それまではずっとピンスポを担当していました。色作りもパッチも「??」な状態です。しかも自分はまだ1年。こんな早くからオペレーターなんて重要な仕事をしていいか…!?など多くの不安やプレッシャーを抱えつつ、迎えた記念すべき初舞台は大会前の定期公演で、でした。結果は、うーん…照明の難しさを身をもって感じることになりました。終わったのもつかの間、しかも定期公演の課題が山積みの中、新たな問題が!打ち合わせのときにQシートに間違いがあったために、手直しをして大会スタッフさん
に送信しなければいけなかったんですが、期限が過ぎていたのでした!催促のFAXを受け、急いで修正を始めましたが…間違い+変更点が多すぎて書き直したほうが早い…。
 それはもう必死に書き直しました。スタッフさんのご厚意により期限を過ぎたにもかかわらず、打ち込みは済ませていただけました。しかし連絡ミスでパッチに間違いがあったようで、リハのときに変な照明が出てしまい、顧問の先生に怒られました。何とか修正も終わり、不安だらけで挑んだ本番でしたが、特にミスも無く、今まで(といっても2度ですが)で1番良くできたと思います。色々あ
りましたが、様々な面で勉強になった大会でした。


『生歌・生演奏・音響、三位一体の難しさ』

                          音響部チーフ 本田裕子(2年)

 音響の苦労話・失敗談をここで一つ。
 思えば、打ち合わせの時点で大変でした。私達の場合歌うシーンがあるので毎回陰コーラス用に2台小さめのスピーカーをお借りしているのでが、関東大会に限って大会のルールにより、「指定されたスピーカーのみ使ってほしい」ということに。イレギュラーな展開だったのでどうするべきか悩みましたが、相談した結果、特別に使わせてもらえることになり一安心しました。
 いよいよリハ当日。またしても大変なことが起きたのです。音合わせが始まり、最初の曲はなんとか音とキャスト達の声が合いました。しかし問題の2曲目、毎回のリハで合わないのですがやはりスネアドラムと音がずれて、歌自体がどん
どんずれていったのです!原因は、プロセムアムスピーカーを大きくすると反響して舞台上ではタイムラグが生まれるとのこと。そこで、モニターと陰コーラス用を最大にしてプロセを絞ったろころ、やっとのことで、音のバランスがとれました。そして時間切れとなりリハは終了。
 ついに本番。オープニングはなんとかOK。1曲目も合っていてなかなか良かった。しかし!悪夢再び…。ドラム・声と音が合わない!このままじゃダメだと思い最終手段(勝手にミキサーを操作)を使ったので、なんとかバランスがとれ
たようで、次以降は合うようになりました。
 歌と生演奏のある音響は本当に難しいです。それでも、お客さんが楽しんでくれたようなので、とりあえず喜ばしい限りです。

『衣装部の輝き』

                          衣装部チーフ 中川真穂(2年)

 『あーもうッ!!』…部室ではそんなような言葉がよく行き交っています。衣装を作るのはとても楽しいですが、実際ものすごく大変で疲れます。細かい作業や地味な作業が多いです。だからよく鬱になります、よくネガティブになります、そしてたまに嫌になって投げ出したくなります。…でも衣装が出来上がった時の達成感は、これらの苦労を乗り越えた衣装部にしかわからないと思います。衣装が出来上がると本当に嬉しいです。そしてその出来上がった衣装を着ている役者の姿を見れるのも嬉しいです。舞台で、私達の作った衣装を着ている役者が輝くとき、私達衣装部も輝くのです。その時私達はあの時頑張って衣装を作って良か
ったな…って思うのです。
 今回の作品、『じゃがいもかあさん』も作る衣装が沢山ありました。衣装製作の際にミシンを使うのですが、ミシンも人間のように(?)機嫌が良い時と悪い時があります。機嫌が悪くなると縫い目がおかしくなったり、針が折れたり…。でもそんなミシンのわがままにもめげず、頑張って作りました。その作った衣装を着ている役者が輝いている裏では、私達衣装部も輝いているということを観ているお客さんにもわかってもらえたら嬉しいです。
 これからも苦労が沢山あると思いますが、役者を輝かせられるように精一杯頑張ります。私達も輝くために…。

『舞台美術と時代殺陣』
 
           舞台美術部チーフ・殺陣指導チーフ 酒井 峻介(2年)
        
 舞台美術部は、演出の意向から舞台上を具体的にデザインする事が仕事す。殺陣指導も、殺陣つまりアクションという形で演出の意向を表現するための指導をしています。刀剣の扱い方の指導なども、殺陣指導部の仕事の一つです。
 さて、今回の「アニータ・ローベルのじゃがいもかあさん」では舞台美術は冷たい石組みの中に人の温かみを、殺陣指導では人々を飲み込む戦渦を目指しました。役者が動き安いセット、感情を表現し易い殺陣作りとの両立も課題でした。
 関東大会直前の1月、ハードワークからか、ケガ人数・体調不良者が相次ぎ、殺陣も人数の足りない状態での練習が余儀なくされました。舞台美術もまた、一つの問題に直面していました。セットの改変案です。このままの舞台装置で、関東大会を勝ち抜けるのか。相談の末、役者の使い慣れた今のままで行こう、ということになりました。やはり最終的には、役者が劇をつくるのだ、と思ったのです。
 そして関東大会当日、本番中に“巻き”の指示が出されました。大会規約の上演時間ギリギリのラップタイムだったのです。しかも指示が出たのは殺陣シーンの直前。殺陣の速度が上がることは必至です。合図の音響の近づきに舞台上に緊張が張り詰めたのを覚えています。そうして殺陣が終わってみると、幸いにケガ人はゼロ。凄まじい速さの殺陣の中で、繰り返した普段の練習が皆を救ってくれました。この先、安全第一で臨みます。また、汗水たらして描き上げた舞台装置と役者の共演をどうぞお楽しみ下さい。

『メイクは役づくりの仕上げ』

                         メイク部チーフ 蜂谷樹里(2年)

 「じゃがいもかあさん」は、メイク部署にとって、工夫や経験ができる事の多い作品だと思います。まず、ポーランドを舞台にしているので、キャストは皆西洋人。そして、子供から老人まで幅広い年令のキャストがいる。ホリの深い顔にするためにシャドウを普段より濃く入れたり、ラインのひき方を工夫したり、巻き髪の仕方を凝ったり…私達は色々と考え、試してきました。その中で、私が担
当しているメイクの一つが、収容所で額に焼き鏝を当てられたという男の子の傷メイク。その残酷さをリアルに表現するにはリアルなメイクが必要で、その為にはリアルな傷を知る必要がありましたが、元々血を見るのが苦手な私にとって、それは辛いものでした。更に、照明のあたり等も考えて試行錯誤しながら毎回より良くしてきました。メイク部署は、そういう色々な苦労や工夫を乗り越え、今回の関東大会のメイクを完成させました。  
 そんな私達が抱える問題は、「時間がない!」と言う事です。今回は楽屋が使える時間が限られていた為、邪魔にならない場所を探して外でメイクをしたり、役者に少し早起きしてもらってホテルで髪を巻いたりもしました。
 本番の舞台上で気持ちだけでなく、外見もその役になりきる。メイクはいわば役作りの仕上げ的な存在だと思います。今回、たくさんの仲間に支えられてこの作品のメイクを担当できた事を、本当に嬉しく思います。


『音を表現する』

                        演奏指導部チーフ 大釜萌(2年)

 『タンタンタンタンタンタン』これを見ると、四分音符や八分音符だと想像する人が多いと思います。しかし、これはどちらでもなく三連符なのです。字で見ただけでは三連符だと伝えることは出来ません。そんな音楽の素晴らしさは、字や言葉だけで伝えることは難しいのです。だからこそ、演劇というものを通して
、音楽も体全体で表現し、体全体で感じてもらいたいと思っています。今回私たちが表現する音楽は、演劇という表現するものの中での表現です。その中で音楽をどう表現していくか…私はそんな時、ふと三連符のことを考えるのです。三連符は、四分音符や八部音符と違い、拍という箱の中に捕らわれず、自由な音楽を表現しています。表現するひとりひとりによって表現仕方はいくらでもある、素晴らしい音楽だと思っています。そして私が最終的に目指している音楽は、三連符、です。箱にとらわれず、自由な音楽を目指し、演劇の中で音楽を奏でて行きたいと思っています。


『3度目の大会作品』

                                      クリストフ役 城山大樹(3年)

  普通の高校生は高校演劇の大会に2年間、つまり2作品しか参加できない。しかし、自分を含めた3人の三年生はAO試験で大学に受験するということで、更にもう一年間部活に残させてもらうことになった。ただし、残させてもらうことになっても、部活を引退する三年生もいるということで、馴れ親しんだ仲間たちとの別れ、また新しい世代(2年生)が動かす部活に対応していかなくてはならなく、残っていきなり現実の厳しさに直面した。 
 劇の作り始めは、三年生として部活でどのように動いていくか、新しい世代にどれだけ自分たちが学んできたことを残していくことができるか、ひとりひとりが葛藤していた。必ずしも、三年生がいつも正しく、陰ながら部活を引っ張っていくことができた、とは言えない。残った3人が3人とも男子であったことが、集団を動かす能力に不慣れであったからだ。初演の時の会館を使った練習では足を引っ張っていたと思うし、練習を見に来ていた、引退した三年生になんのために部活に残ったのか、と叱られた。 
 時間が過ぎるうちに部活の支え方、三年生としての立場を考えられるようになった。三度目の大会作品に関って、演劇集団として新しい考え方を持てたことが、とても良い経験になった。こればかりは伝えることのできないことではあるが。そして何より「舞台に立っていられる」という大切さに気づかされた一年間だった。

 『人生何が起こるか分からない』
 
                            ミープ役 渡辺 真衣(2年)
 
  人生はいつ何が起こるかわからないものといいますが、私はそれを関東大会の本番に思い知りました。台本が決まってから、様々な仲間との熱いドラマを経て、楽しみと不安を胸に日々稽古を積んできました。その全ての成果を出し切ろうと本番5分前、私はこっそりと深呼吸をしました。舞台上に緊張した仲間の顔が並びます。そこでずっと部活を支えてきた演出が言った事は、『大丈夫。』仲間の笑顔が更に私の緊張を楽しもうとする心に変えてくれました。そして本番。練習の時のように進んでいきました。中盤から、お客さんが物語りにどんどん引き込まれて行くのを肌で感じました。そしていつもの通り、袖で小道具を用意して待ってくれているはずの彼のもとへ行くと。予定のソーセージではなく、じゃがいもを持っていました。私は彼に「ソーセージは?」と聞くと、「無い。」と答えました。替わりにこれを渡せと言う事だと分かり、何とかその場をしのぎました。すぐその後マフラーを取りに袖に入りました。しかし、そのマフラーも無く、ソーセージを手に持つ彼がいました。もうこれは、ソーセージを持っていくしかないと思いました。そうしたハプニングはありましたが、集中力を保ち、やっとの事で本番は幕を閉じました。その後、みんなには良いフォローだったと暖かい言葉を掛けてもらいましたが、これで大会に落ちたら私のせいだと思うことにしていました。なので、全国大会に行けると決まったときは、本当に嬉しくて、涙がでました。この結果は、機転を利かせてじゃがいもを持っていた彼や、そのハプニングを動揺せず演じた先輩のおかげであって、自分は本当に恵まれた環境の中で演劇ができているのだと感じました。これからも何が起こるか分からない人生の中で、この仲間たちと一緒にやっていきたいと心から思います。
 
『アニーカが教えてくれたこと』

                                           アニーカ役 中島桃子(1年)

 時は第二次世界大戦中。外では無差別に人が殺され、人間が物のように扱われていた時代。両親の行方も分からない。自分や姉弟がいつ殺されるのかも分からない。そんな状況下に置かれても、いつも笑顔で皆に夢や希望を与える絵本を描いていたアニーカの気持ちが私に理解できるのだろうか。それが私の一番の問題でした。
 当然私は、今日この10分後には自分が殺されるかもしれないなんて思って過ごした日は一日もありませんし、ましてや目の前で人が殺されていくなんてことは信じられないような話です。しかも、その時代に生きた13歳のアニーカと戦争が終わり、平和になった今の時代を生きる73歳のアニーカの二役を演じ分けなくてはならないということで役作りにはずいぶん長い時間をかけました。
 特に、両親が殺されたと聞かされたところと収容所の選別で大好きな姉と弟と離されたところを考えていると、自分でも驚くほど涙が溢れてきて、ドイツ軍や戦争に対する憎しみ恨みがまるでアニーカが自分に乗り移ったかのように心の底から湧いてくるのです。でも、そんな悲痛な思い出もすべて抱えて生きてきた73歳のアニーカの気持ちを考えているとなぜか地下室で過ごした温かい思い出が頭に浮かぶのです。何故、苦しかった思い出ではなく楽しかった思い出なのか?それはきっとアニーカが皆と過ごした楽しい思い出を支えにして生きてきたからなのだと思います。どんなに苦しい状況の中でも希望を持ち続け、夢を見ることを諦めなかった彼女は確かに私の心の中に夢を持ち、生きていくことの尊さを教えてくれました。

※小道具チーフの原稿は事情があって、掲載されていません。




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