
★寂光★鎌倉時代末期、禅を組み 処刑を待つ一人の男がいた。男には、遠い洞穴で落ちる雫の音が鮮明に聞こえてくる。風の走る音すら響いていた。男は静かに経を唱えた。 すると…雷鳴が轟き一閃の光が走った。 日蓮法難の地として知られる寂光山龍口寺。 水の音、風の音、光の音を感じて下さい。 ★三宅―木遣り太鼓★三宅木遣り(きやり)太鼓とは、元々お祭りの神輿(みこし)が村内を巡幸するとき、神輿を先導してゆくもので、伊豆諸島伝統の太鼓である。三宅島は普段 とても静かでのどかだが、台風や噴火といった厳しさも併せ持った島だ。 穏やかさと共に、地鳴りのように身体にズシッとくる響きを打ち出した曲です。 ★波動―二連太鼓★一心不乱に太鼓を打ちつづけたとき、心は何を叫ぶのだろうか。波の動きのように、次から次へ和太鼓の響が広がっていきます。 ★六道―夜叉舞★六道とは、仏教用語で6種類(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道)の世界のこと。夜叉舞はその六道輪廻の中から生まれた伝説である。 美しい村娘の姿を借りた夜叉が、子供たちの心を操り鬼へと変えていく。 今の世の中も同じなのかもしれない。 『そもそも赤子は神と人とのあいのこ…鬼にするのも大人…勇なき大人たちよ』 ★竹林★戦術の師として知られていた竹善(ちくぜん)和尚。鎌倉幕府の武将達は竹善のもとを訪れ、兵法を習い、次々と輝かしい戦果を上げていった。 一人、寺の裏にある竹林に入り 禅を組む竹善和尚。 その竹林は、平穏の世を望みながら戦国の世に身を置く竹善和尚の、苦悩に満ちた葛藤との戦いの場だった。 ★美童 (Miyarabi)★静寂の紺青の空を切り裂き昇る太陽の神々しさよ。降り注ぐ陽射しの中、突然現れた美童の、その太陽の輝きにも似た微笑に凍てつく心は解け、風を操り舞い踊るさまに遠く海の彼方"ニライカナイ"へ思いを馳せる。 澄んだ眼差しが伝えてくれた魂の言葉。 それは、やがて訪れる落日への道標。 思い迷うことなく、ただ前を向き進めよと。 見上げる空は蒼く高く、気がつけば独り灼けた砂の上に佇む。 神宿る島の8月の風に抱かれて…。 ★BAN★地・水・風・空に識を加えた究極の悟りの真理を表現した曼荼羅は、大日如来を中心として仏教の世界観を具象化した『宇宙図』であり『聖なる空間』と言われている。人は漠然とではあるが自分を中心とした曼荼羅を心に描いているのではないだろうか。 『曼荼羅の世界』を『響』で表現した曲です。 ★鎌倉八幡三連太鼓★鎌倉の扇ヶ谷(おうぎがやつ)から海にむかって歩いて行くと、道の角に六体の石地蔵がまつられている。鎌倉時代、このあたりは刑場だった。 その後は、荒地となってしまい『飢渇畠(けかちはたけ)』と呼ばれていた。 その土地で育った六人の若者は、処刑されて死んでいった鎌倉武者の供養のために、自分たちの命が尽きるまで、幾夜も幾夜も大太鼓を叩きつづけた。 時は流れ、その土地に一人の俳人が訪れた。 《 夏草や つわものどもが 夢の跡 》 その場所は現在『六地蔵』または『芭蕉の辻』という。 源氏の栄枯盛衰を太鼓の音で表しています。 ★飛天舞★敦煌莫高窟には、『天女が抜け出し舞い踊る』という伝説の壁画がある。その噂を聞き多くの者が押し寄せた。が、天女が現れることはなかった。 やがて噂も消え訪れる者もいなくなったある日、一人の男が少しの休息を取るため、ふとその石窟に立ち寄った。 欲はなく 威張らず 争わず 不器用で 派手でなく 人の為には奔走し 自分のことは後にする、そんな者だった。 少し疲れたその者へ憩いを授けたのだろうか。 壁画から天女たちが抜け出し宙を舞った。 羽衣の風で落ちる砂の音は太鼓のように響き、その光景は、あたかも天女が太鼓を打ちながら舞い踊るように見えたという。 ★念仏洞★寂光山龍口寺には、いくつもの洞穴が掘られている。この世での役目を終えた老人が、生きながら仏になる為に念仏を唱える洞穴。 この世で人の心を捨て鬼となり、地獄を味わった者達が救いを求め祈る洞穴。 そこに極楽は在るのだろうか。 覚醒され研ぎ澄まされた感性は、一瞬 極楽を知るが、やがて、肉体だけが朽ち果て、行き場を失った亡霊は怨念となり、今も洞穴で呻いているという。 |
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