日刊井手たく・バックナンバー:2005年4月



4月30日
うれしい

うれしい! 感動です。 あんなに、卵を産んでいた我が家の「藤沢メダカ」ですが、 ずっと、気温のせいか、孵化しませんでした。 しかし、やっと、報われた! この温かい陽気のお陰か? ついに孵化しました。 2ミリほどのメダカの赤ちゃんが、 イチゴのパックに別置きの入れ物の中で 3匹、泳いでいるではありませんか。 他にも卵がたくさんあるので 楽しみです。 近々、別の入れ物を用意します。 理由は、今の状態で親と一緒にすると 親が赤ちゃんを食べてしまうのです。


4月29日
小さなものと、大きなもの

家庭に父親がいて、 母親がいて、 子どもがいて、・・・ 幸せな家庭があったり、 不幸せな家庭があったり、 その社会にリーダーがいて、 その社会の皆が、幸せだったり、 不幸せだったり、 仲の良い友人もいれば 仲の悪い人もいたり、 友好的な国もあれば 険悪な国もある。 日々の、身近な「もの」はそのまま、グーッと広がり、 地球規模まで?同じだなあと思います。 又、「歴史」を遠いものと考えず、 短いスパンで考えれば、 先日、世話になった国に、 昨日、侵出してみたり、 その恨みか?、世話になった国に、 今日、日本の大切なものを奪われたり、 先日、大喧嘩した国と 今日仲良くなったり、 日々の出来事は、小さくても、大きくても、全て同じ構図。 長い歴史も、「数日」のスパンで考えてみることだってできる。 「人類みな兄弟」といった方がいましたが、 実に深い言葉だと思います。 我々が、歴史(数日前におきたこと)と無関係に、 個別(諸外国、周りの人とは全く別に)に生きていると 勘違いすれば、我々は間違いなく、悲劇に陥るでしょう。 日々の出来事、 歴史(人がとっつきやすい、 もっと別の表現があればいいのですが・・)、 無げにできません。


4月28日
時代

今年の夏、中学校の教科書が4年ぶりに改定されます。 又?どうせ所詮、教科書じゃない。 どうしてそんなにこだわるの? と、お思いかもしれません。 もっと、いうと、「全部、文部省の検定に合格してきた 教科書見本だし、どれになってもよいでしょう? 教育委員だって、大変なんです。」 ちなみに「」内は複数の教育関係者がおっしゃった台詞。 そりゃあ、大変でしょう。 そこは私も理解します。 「人は人によってのみ人になる」は 緑が浜小の教育ビジョンの標題で 私もそのとおりだと思いますが・・ だからといって、教科書は重要でないとは言えません。 教科書はこだわる「人」の証とも言えるものです。 又、教壇に立たない教育委員の 最もこだわれる、もしくはこだわるべき 分野がまさに教科書採択ということだと私はおもうのです。 よく、話題になる、扶桑社の歴史、公民の教科書と 現在藤沢市立中学校が使っている 東京書籍の歴史、公民の教科書を見ると、 同じ文部省検定を合格しているものとはいえ その主眼の違いに驚かされます。 例えば、公民について扶桑社は責任と義務が全面に出ています。 東京書籍は人権と自由についての記述が大変多い。 教科書を策定する人の時代に対する受け止め方も こういう内容に現れるのでしょう。 この夏、藤沢市の教育委員が どのような時代に対する受け止め方をしているか 明らかになります。 教科書採択は 自国を愛し、国際社会でしっかり貢献できる 未来の日本をつくる、大切な作業です。


4月27日

中学校の学習指導要領を読んでいます。 うーん、なるほど、 これでは、反日運動も起こるわけだ。 そう感じます。 過去の歴史を全て肯定するものではありません。 しかし、現在、日本が、国際社会の一員として しっかりポジションを獲得すれば、 必要以上に舐められる(反日運動)ものではない。 つまり国(文部省)自体が揺らいでおり 国としての歴史に対する見解を持ちきれていない。 先の大戦について 欧米が侵出した経緯を子どもに指導すること と学習指導要領にかかれています。 なるほど、藤沢市が使っている歴史の教科書には 欧米の侵出という標題の元 内容がかかれています。 さて、日本は? 学習指導要領には日本の侵出とはかかれていません。 なにもその行為に対する表現がないのです。 つまり、そこはタブーなのでしょうか? しかし、藤沢市が使っている歴史の教科書には 日本の侵略とかかれています。 辞書をひくと、侵出は 他の勢力範囲へ侵入していくこと・・とあります。 侵略は 侵入して土地を奪うこと・・とあります。 欧米は侵出で、日本は侵略。 文部省も自ら、侵略とは言わないまでも その言葉を使った教科書を検定合格としているわけですから 人に言わせて黙認している状況とも取れます。 どっちでもいいじゃん! と、おしかりをうけるかもしれません。 ただ、見解がない、人任せというのは 今の日本をまさに象徴している気がしてならないのです。 もう一度言うと、反日運動の根幹には、 日本の意志のなさが現れたもののような気がしてならないのです。 日本の侵出でもいいじゃないですか。 国としての見解を逃げずに表現し、 いろいろ文句を言われないように しっかり国際社会で日本としての得意分野を全面にだし 国際貢献をすればいいのです。 そのことで、まわり、まわって国益もくる。 しっかりした国際社会でポジションを持つ国に ああだ、こうだ言っている国のほうが やがて、国としての価値を、自ら下げていく。 そうなるはずです。 何を考えているのかわからない国では やられっぱなしです。 これは、良し悪しは別として 我々、社会人が生きていく上で、当たり前の構図と思いますが・・ 協調もあるし、しのぎをけずる場面も当然ある。 果敢にいきましょう!日本!


4月26日
遅くなりました。

障害者自立支援法の中身について調べています。 私のご意見板でお問合せがあり、 未だに答えきれておりません。 申しわけございません。 現状の感想ですが 要は、国も県も市も金がないということに行き着く気がします。 この法律の概要版に 「制度的課題の解決を前提に国及び都道府県の財政責任を強化する」 と書いてあります。 制度の概要を私なりに見させていただくと 下品な言い方になるかもしれませんが (表現の仕方が、まずければ訂正します) アメとムチに分かれます。 アメ・・「障害者が働ける社会」 やり方によってはこれもムチとなる。 「規制緩和」 施設の増強がそれほど望めない今、 空き店舗、空き教室の利用を可能にする。 「手続きや基準の透明化、明確化」 (今まで不透明で不明確だったのか?) 「国の財政責任の明確化」 補助金から負担金にすることで 財政支援をより義務的にする。 「精神障害者の負担がケースによっては軽減?」 続いてムチ・・「利用者自己負担の1割」 デイサービスなど無料だったものがこの改正で 新たに有料になる部分もある。 法律改正の良し悪しを判断することが難しいのは、 「アメとムチ」(表現が良くない?)が 入り乱れて構成される点にあると考えます。 ご紹介いただいた、障害者自立支援?法 最初っからやり直すべし! のホームページも見せていただきました。 障害者の思いがかかれています。 自立支援と一言で言うけど、 当事者の思いも見極めなければならないということを 考えさせられます。 以下に抜粋。 「できないことをできるようにと強制しないで」 「できることをしてはならないと強制しないで」 「今費用が増えているのは、 いままで必要なお金が障害者にかけられてこなかった証であり 財源が足りなくなっているのは正確に予測せず、 十分なお金を用意しなかったからです。」 次に第3者的に今回の改正を分析した人の意見 「供給過剰にすることで 供給側が、利益をより得られるシステムであれば 一定の自己負担をつけることで この現象をすこしでも抑えられる。 障害者福祉で供給過剰がおきて 過剰利益を受けている例があるとはいえないが・・」 これまでも、自己負担は所得に応じてあったようですが 今回の改正による1割負担によって おそらく利用者の負担はこれまでよりも 増えるのではないかと思われます。 軽減措置、経過措置も考慮されているようですが・・ 自己負担についてですが、国の財政事情があるのであれば 一定の負担は仕方がないと考えます。 ただ、ケースによって過剰負担が生じれば、 それは対応すべきでしょう。 又先ほど申し上げたように、 自立支援のあり方はより慎重に考える必要がありそうです。 配慮が足りないと ご紹介いただいたホーム−ページに書いてあるように 支援なのか押し付けなのか分からなくなるからです。 関係者の思いも色々と聞かせていただきたいと考えております。


4月25日
結果

鎌倉市議選の結果が出ました。 応援した方が当選! すごい! 時代よ!変われ!という市民の声が こだました気がします。


4月23日
最終日

本日、鎌倉市議会議員選挙の最終日です。 本日は、私は外せない用があり、手伝いにいけません。 心の中で、応援するしかありません。 頑張れ! 明日、投票日です。


4月22日
終盤

鎌倉市議会議員選挙も終盤に差し掛かりました。 親しい候補者がいますので 3日ほど応援に行きました。 候補者の体力も限界ではないかと思います。 残りは、明日一日! 頑張れ!


4月20日
3年目

2期目も2年目をおわり3年目に突入。 折り返しです。 これからも、色々とあると思いますが この2年もめまぐるしい2年でした。 様々な市民の皆様のお顔が目に浮かびます。 皆一生懸命です。 負けられません!


4月19日
討論

先日、行ないました、議会報告会 多くの方に来ていただき真に有難うございます。 さて、昨日、無防備条例(案)に対する本会議があり 以下のような討論を行ないました。
討論 ひとつの志の討論を行います。 先ず、この条例の元となった、ジュネーブ条約に対する考え方、 次に平和の実現についての考え方、 そして条例案への我々の考え方を述べさせて頂きます。 先ず、一点目として、今回の条例案のもととなった、 ジュネーブ条約に対する考え方ですが、 国際赤十字委員会を中心に策定してきた、このジュネーブ条約は、 あくまで戦争を前提とした、なおかつ、 文民たる住民を如何に保護するかに視点をおいた、 現実的なルールである点に対して、評価するものです。 条約締結以降も様々な戦争、内戦などが起き、 すべてにおいて、ジュネーブ条約が遵守されたわけではないことは、 認めざるを得ませんが、人道的要請をしっかり、 国際ルールとして明文化した、その功績は大きいと考えます。 さて、わが国日本も、ジュネーブ4条約については、 1953年に加入、第1第2議定書については2004年に加入しております。 締結国はこの条約の内容を十分、国内の法整備などを通して、 しっかり周知しておかなければなりません。 そのことはジュネーブ条約の中でも義務付けられております。 しかしながら、わが国では十分周知されていない現状があります。 その背景には、日本の憲法解釈が 分かれていることがあるのではないでしょうか? 自衛隊の存在が一部で、矛盾していると言われる、 法体制のまま、戦争を前提としたジュネーブ条約を 締結した日本の現状は、ねじれているという見方もできます。 ジュネーブ条約の周知をしっかり行なうことも含めて、 このねじれは是正する必要があります。 次に、平和の実現についての考え方です。 今回の直接請求にかかわる審議を通して、 平和に対する市民の熱い思いは、私どもと致しましても、 改めて、真摯に受け止めております。 現状、藤沢市が、藤沢市平和基金条例、 藤沢市核兵器廃絶平和推進の基本に関する条例に基づき、 おこなっている平和事業も大変重要であると考えます。 同時に、例えば、先の第2次大戦がどのような背景の下、 起きてしまったのか、このあたりの認識もあらためて 整理する必要があろうかと考えます。 戦争が起きた原因のその深さと、平和の実現のその深さは、 それぞれ単純には説明できません。 そういう意味では、本来、藤沢市政運営にあたっては、 過去の歴史に学び、恒久的平和を、 常に意識した取り組みがなされるべきだろうと考えます。 市長が常日頃言われる、一生安心して暮らせるまちづくりは、 まさに平和の重要な要素で、これが全国に発信されることで、 より深く、将来の平和を保証するものになると考えます。 さて、恒久的な平和について申し上げるなら、次世代を担う、 藤沢市の教育について言及せざるを得ません。 戦争と平和を表面的な部分だけでなく、 歴史のそれぞれの時代背景を誠実に受け止めた教育の実現が、 より将来の平和に繋がると確信します。 つまりなぜ戦争は起きたのか?に対する深い洞察が教育現場で 必要だということです。 上っ面の綺麗な説明のみでは、事実を踏まえない次世代を社会、 国際社会へ送り込むことになり、このようなことでは、 日本という国として、他国との「真」の連携を図れないと考えます。 このような要素も予算費目上、平和事業とはなっていませんが、 大切なことです。 今回の直接条例提案は、藤沢市が平和の実現の為、市民として、 自治体として取組まなければならないことを整理、 且つ再確認する、大変貴重な機会であると考えます。 さて、最後に条例案についてです。 我々は、常日頃、恒久的な平和を実現するべく、 様々な視点から努力していかなければならないのですが、 それでも、期待されない事態に遭遇もしくは陥った場合、 それに対応する「備え」は国として当然に保持しておかなければなりません。 そのような前提で考えると、仮にこの条例案が制定できた場合、 平時における備え、有事における対応を著しく阻害することになります。 多くの市民が、平和を願う気持ちを署名という形で示した結果の重さは、 十分認識しています。 しかし、それを一気に無防備条例に 持って行くというのは無理があります。 平和を願う心を、スローガンに終わらせず、実行力のあるものとして、 藤沢から全国に広げて行こうとう理念は理解しますが、 その手段が「無防備地域宣言の条例化提案」というのでは、 一般性に欠け平和推進活動の方法論として疑問を感じます。 本日の議論では、無防備条例は国民保護法との対称軸として 位置付けられていましたが、私ども会派は、 国が体系的にまとめた法及び指針に基づき、 市民の安全を守る計画策定を支持します。 そして、無防備条例は国民保護法などで課せられた 地方自治の責務と反している問題点があると考えます。 さらに、本会議質疑で明らかになりましたように市の答弁では、 地方公共団体の責務についてのみ定めるという条例は 理論上ありえないという見解が示されました。 以上より、条例制定は、行なうべきでないと判断します。 我々は、国同士の助け合いもさることながら、 水面下での、国同士のせめぎあいがあることも 十分認識しておくべきです。 表面化しない、其々の国の切実な実状などもあるでしょうし、 今後の国際関係が全てにおいて、見通しは明るいと、 責任を持って断言できるものではありません。 ジュネーブ条約は戦争を前提とした条約です。 そして第一議定書の59条無防備地域については、 基本的には有事の際、国において判断され、宣言されるものです。 ただ、稀に、戦時、それ相応の状況で、自治体など、 もしくは、反政府組織などが、無防備地域を宣言することができます。 そのことによって、文民たる住民の保護を目指す、 ジュネーブ条約第1議定書59条のねらいも、 締結国の一員として、 しっかり、認識しておかなければならないと考えます。 以上の意見を付して、この議案に対しての反対討論とします。


4月16日
平和

本日は、家族で食事に出かけます。 我が家の平和も私の切なる願いです。 しかし、昨日、娘を風呂に入れましたが めちゃめちゃ泣かれて、 弱ってしまいました。 何がダメなんだろう?


4月15日
園児つき

先日、茅ケ崎市の文化会館に麻生太郎総務大臣が講演に来ました。 麻生セメントの社長をやっていただけあり、 経済的感覚が鋭いかただと感じます。 三位一体改革が進むとどうなるか? を以下のような例を挙げてお話しておりました。 例えば、先ず、これまで保育園運営のため 国から補助金が出ていたとします。 改革後、この補助金がなくなります。 そして、国が徴収していた税金を 地方が徴収するようになります。 つまり税源移譲です。 麻生大臣に言わせれば 補助金カット、税源移譲の差引き「0」とのこと・・ 本当かな? それはそれとして・・ 三位一体についての説明の際、 ある自治体の市長を紹介しておりました。 その市長が民間の保育園事業者を 集めて相談をしたそうです。 「お前達、公立の保育園、買わないか?・・園児付だぞ」 民間のほうでは園児付は大変な魅力。 市は、保育園を売却し、一定の収入を得て なおかつ、市としての保育園運営費は今後かからず、 さらに、税源移譲分は、他で使えるという、 芸当をやってのけるたとのこと。 どこの自治体か分かりませんが、 本当の意味で今後は「自治体経営の時代に入る」 と最後に強調しておりました。 先日も、商業者とのお話をしていたとき感じたのですが 商人の感覚は行政として学ばなければならない

部分が大変多いと感じます。
4月14日
報告会来てください

さて、私の議会報告の日程が迫ってきました。 4月17日(日)15時から 藤沢市市民会館 和室 テーマは4月18日に本会議で審議される 無防備条例についてです。 飛び込みOK、参加費無料です! 是非、ご参加ください! 本日は会派で勉強会です。


4月13日
新聞

今、井手たく新聞を駅前で配っています。 その内容が古いのですが、 ご了承頂ければ幸いです。 会派結成からその後の活動について 要約したものですから、時間はかかっていますが 省略できない内容ですので・・ 配布に時間がかかりすぎていることについては ただ申しわけございませんとあやまるしかありません。 「申しわけございません。」


4月12日
本会議

本日は、無防備条例についての陳述方法の決定、 又この条例に対する市長の意見書提出が本会議で行なわれます。 4月18日にこの条例に対する採決がされると すぐ、議会の人事を決める 各派交渉会が5月中旬からあり そうすると、すぐに6月定例議会が始まります。 本当に時間が過ぎるのははやい!


4月11日
拉致

昨日、横田めぐみさんのご両親が藤沢へ来られました。 講演が始まる前に、 ご案内のチラシを街頭で配っておりましたら、 ある男性が話し掛けてきて、 「この拉致問題は解決しない」 「日本人が変わらなければ無理だ」 「みんな他人事だ。所詮」 「中国、韓国で反日運動がおきても特に反応しない」 「政治家も、自分の事しか考えていない。 家族を捨てて、命を捨ててこそ、政治家だ。 北朝鮮に行くと日本の政治家は、いろいろ貰ってくる。」 「そして何も言わなくなる。」 「だから、この拉致問題は解決しない。」 この男性も大分、北朝鮮については、大分研究しているようでした。 そこから、その男性なりの日本人像を描き出したようです。 金で簡単に動く日本人。 そこを海外からも完全に見透かされているという ある男性のご意見でした。 このような運動にかかわっていると 様々なご意見に出会います。 腹にずしりと来る昨日でした。


4月10日
腹の中

人と人との関わりで、 すべては表に出ない。 互いの腹の中におさめていることがある。 表に出ないけど、その人の思いであれば、 それはそれで「事実」である。 それは、やがて、心の中で解消されることもあるし 解消されず、形を変えて表に出てくることもある。 初めて、裏が表に出る瞬間。 国内の秩序を守る為に、警察がいる。 人の心の中には何があるか?全てにおいて明らかでない以上 警察も、一定の「備え」をしなければならない。 世界には様々な国がある。 笑顔の外交の向こうに、 何があるか・・・其々の国の事情があり 其々切実な思いもある。 互いの国々が、互いの国々とのかかわりの中で 心にとどめていることはある。 表に出ていることが全てではない以上、 1秒先も何がおきるかわからない。 世界60億人以上の人口であれば、それを見極める能力は 先ず、不可能である。 国として其々に、一定の「備え」はせざるを得ない。 戦争になるときもある。 だからといって、日本の過去の歴史を全て、 「日本のためだったんだ」と言い切ることには 私は不自然さを感じる。 誇れない史実だって絶対にある。 それを認めない考え方が、逆の考え方を、より一層育てている。 その逆もしかり。 これが必要以上の2極化を生んでいる。 そういう意味では歴史に対して 学ぶことはあっても、 過度な美化、自虐は有効じゃない。 遠くの他国で秩序が乱れ、それを正す為に、 世界の一員として、決断をして、出動する。 秩序の乱れの根本を探ると何が出てくるか分からないが、 国として認識できる範囲で、行く、行かないを決断せざるを得ない。 極東で秩序が乱れ、日本に直接の影響があるとき、 日本は、世界のほかの国に、何らかの働きかけをするはずだ。 それに対して、其々の国は、ある決断をするだろう。 一つの出来事に対して、 世界は、其々に無関係ではない。 裏を無視した、都合のいい、表主義があるとすれば そのこと自体が、最悪の事態を演出すると考える。 日本は表主義で、その矛盾に絶えられなくなっている。 そのために、「裏も認識するルール」へ変えざるを得ない。 そのルールにのっとり、「軍事力」は持たざるを得ない。 そして、様々な視点から、国の行く末を見極め、 将来にわたる平和を今、創っていかなければならない。 そういう意味では、再三言うように、 経済的局面からみて、今の現状を見ると 日本の未来は、安全保障上において、けっして好ましい状況にない。 結局、裏と表のバランスがどうしても必要で、 これが崩れれば悲劇がおきる。 このように 裏と表を、同時に兼ね備えなければならないことを言えば、 それは、あんた、矛盾だといわれるかもしれない。 しかし、表があれば裏があるのも事実。 4月18日の藤沢市無防備条例直接請求に対する審議があります。


4月9日
家族

日頃、家族との時間をあまり取れませんので 本日は一日、家族4人での時間とします。 3ヶ月の娘もやっと外に出れるようになりましたので 息子と二人きりのデートもしばらくないかな? 昨日は若者政治家養成塾のメンバーで集まり 勉強会をやりました。 互いの自治体の状況がわかり いつも勉強になっています。 色々と情報交換をしていると 他の市議会は様々な点で 新しい取り組みをやるようです。 藤沢市議会も負けないようにしないと・・


4月8日
人事

市役所も、この4月から人事異動により 部長始め様々な部署の変更がありました。 新しい体制の出発のなかで、面白い人事もあります。 私なりに注目してまいります。 さて、無防備条例の市民よりの直接請求に対する 陳述方法が昨日、議会運営委員会で決定しました。 代表者が5人いらっしゃいますので 5人以内で、総枠で陳述時間1時間以内。 4月18日の本会議場で10時以降に行なうという内容です。


4月6日
妥協の産物

明日は、無防備条例(案)の議案審議にかかわる 議会運営委員会。 この条例案を作成した陳述者(市民)の人数、 陳述方法(陳述時間、本会議か総務常任委員会か) などについて審議をすることになっています。 しかし、平和と防衛ほど 裏、表を感じることはありません。 平時において防衛は裏。(表に出なくても存在する) 戦時、防衛は、初めて表に出てくる。 裏と表なだけに、平時にその存在を説明することは いつも無理があります。 その象徴的なものが憲法第9条。 最高裁の判例では憲法9条は自衛権を否定するものではないとした、 そのように言われていますが、 最高裁まで行かないとその解釈が判明できないのはいかがか? 森(元首相)を中心に憲法改正を進める動きもあるようです。 無防備条例にかかわる調査をしながら 「裏」という、否定しようのない存在を 叩きつけられる感じがしています。 赤十字国際会議が中心となって策定した人道法についてです。 戦時の人道規制(あれをやってはいけない、 これをやってはいけない)が余りに厳しいと 戦闘員から、これでは戦ってられないとのクレームがつく。 従って人道法とは、軍略的要望と人道的要請の妥協により策定された。 と私の借りている本には書かれていました。 国際人道法・ジュネーブ条約に 加盟しない国々はこの条約を締結すると その国独自の軍略的要望をかなえられないと踏んでいるのでしょう。 今日は会派で勉強会を予定しています。


4月5日
微妙なバランス

昨日、息子と夕食後、CDを聞いていてふと感じたこと。 CDはスタジオジブリのアニメ主題歌特集。 歌詞の書いてある冊子を見ていると 「火垂るの墓(ほたるのはか)」の 一場面のイラストが掲載されていました。 お店でカキ氷を食べる兄妹。 なんと平和で、なんと当然の風景でしょう。 息子が私の背中に乗っかった状態で そのイラストに思わず見入りました。 私の記憶によると、このアニメ、 2人の兄妹が戦争で両親を失い、 そして、2人も死んでいくという内容です。 幸せな生活は微妙なバランスの上にあることを改めて 痛烈に思い知らされます。 今の平和な、幸せな生活は当然のことのように 私たちを包みますが バランスがくずれた瞬間に、この生活は一瞬にして崩れ、 生と死で家族が引き裂かれる。 戦争に絶対突入しないと断言できない今、 我々は「様々な視点」から、今の平和に感謝すると共に 将来の平和を追求しないといけません。 一つの視点として、行政の台所事情があります。 国、地方の債務は、今、虚像の空間を広げている。 そのように感じるのです。 「力」以上の公共事業の総量、インフラ整備を 虚像の空間と申し上げます。 この虚像を作り上げたのが、歯止めのない国債、地方債の発行。 今朝、資金繰りに困った自営業の一家が 一家無理心中で6人死亡、という ニュースが放映されておりました。 台所事情の悪化は、家族の悲劇を生む。 行政の財政破綻は国民的悲劇を生む。 戦争もその一つです。 平和な中で生き 平和な中で死んでいく。 そんな社会作りに少しでも貢献したいものです。 第159回国会で日本は無防備地域に関する第59条を含めた ジュネーブ条約第一、ニ議定書を締結しました。 国防の一手段としてこの条約に加入したということでしょう。 現段階で、この条約を国防の主業務を担わない地方が 無防備条例制定という形で、 先取りすることがどのような影響を生むのか? 国として必要なバランスが傾く、そのような気がします。 平和は「様々な切り口」があろうかと考えます。 地方として考えられる、切り口から追求していく。 バランスが肝要かと考えます。


4月4日
失敗

改めて、 いろんな「失敗」をしてきたな思います。 私の「失敗」で犠牲になった人・人・人 迷惑をかけたなあ・・ 忘れないようにしないと! 失敗の反省は、仕事?家庭?そのような枠は越えて 私なりの糧となっておりますが、 未だ、未熟の極み。 でも、これからも動きます。 だからたくさん「失敗」するでしょう。


4月3日
桜祭

ある集会へ行ってドキリ! 「娘さん、今日でちょうど三ヶ月ですね。」 と言われて 「そうですね。」ととりあえず答えましたが、 1月3日生まれだから・・ああそうだな・・ と改めて確認する始末。 昨日は、桜祭のお手伝い。 ここのところ、議会の活動でこのようなお手伝いを ほとんどしていませんでした。 こういう機会を通して、商人気質と触れ合うことができます。 そして、祭に、家族、若者、カップルが集い、楽しむ風景を見ながら、 祭の深さを改めて感じます。 昨日も様々な出店が出ていましたが それほど収益をあげているところがあるとは思えません。 まして、出店の人件費を考慮すると 全て赤字ではないでしょうか? 赤字分を補うのは、それにかかわる人の人的、物的な「奉仕」です。 商業者、そして人と人の繋がりを見せてくれる 祭は、舞台裏から多くのことを教えてくれます。 「小さなことはいいから、外に目を向けて、 藤沢市を含めたこのエリアが発展するように 動いて欲しい。」 昨日、ある商業者から言われた言葉です。 祭にはいろんな願いも込められています。


4月1日
家庭

現在、春休みの息子が5歳で娘が0歳。 妻も時々、疲れを訴えます。 どういうサポートができるか・・ できるだけ早く家に帰るように心がけてはいますが・・ 夫としても父としても まだまだだな、と感じる今日この頃。