7月31日
記憶力
本日、午前中は会派のミーティング。
午後から妻の病院。
合間を見て、昭和41年に日経に掲載された、
田中角栄氏の「私の履歴書」を見ています。
全35回分のうち、26回分を読みました。
そのうち私の印象にのこるのは、
田中氏の異常なほどの記憶力。
随分昔の地名、店、人、風景、道などが実に具体的に、
鮮明に記憶され、そのことが掲載されています。
田中氏の具体的な発案、そして行動の根底にはこのことが、
絶対的な要素としてありそうです。
仕事も転々として、苦労も人一倍。
私などの苦労は氏の苦労の前に出ると、
簡単にかき消されそうです。
7月29日
エネルギー発散
本日の予定・・午後は会派の会議、夕方から知人の結婚式。
ということで、午前中の時間を子どもの相手、家事に費やします。
次のようなことを、最近、考えます。
私はあまり多くのことができないタイプ。
逆にひとつのことを徹底してやることはあります。
堆肥化センターという市の事業の問題点を洗い出す際、
ダンボール数箱分の資料を読みあさったのは、
それを象徴するような出来事でした。
それを元にかなりの数の質問を委員会でやるので、
あれには担当の職員も相当にまいったようです。
私の没頭するその様子に、周り(家族)が不安になるのも、
考えてみると当然かな。
これは私の最大の長所であり、短所でもあります。
私自身のエネルギー発散の方法を考えないと、
変えられることも変えられなくなるかも・・
そんなことを最近考えます。
といいながら、今出資法人への委託事業内訳、
ダンボール一箱分読み込みを始めています。
私の周りの方々、ご苦労かけます。
7月28日
イベント
カブトムシの水槽が二つあり、オスが一匹、メス4匹。
バランス上、カブトムシのオスがあと一匹欲しかったので、
昨日、夜7時半、息子といつもの場所へ。
もしいなかったら、今日の早朝に又来ようと、
クヌギに餌を仕掛ける準備もしていきました。
ところが、3本目の目当てのクヌギにオスが3匹、メス2匹。
興奮する息子を抱かかえ、一匹一匹水槽へ。
まあ、これで、夏の1つのイベントは終わり。
さあ、後はお世話が大変です。
7月27日
胸中
今、妻の足の具合がなかなかよくならず、
市の行事などをお休みさせていただいております。
この場をお借りしてお詫び申し上げます。
昨日、家族で六会の薬局へ買い物に行きました。
その時、6歳の息子と1歳の娘が並んですわり、
商品を見ている後姿が、なんとも感じ入るものがあり、
じっと引きつけられるように、見入ってしまいました。
私は妹を亡くしています。
まあ、お前たちは仲良く、助け合って生きていってくれよ・・・
そんな思いも出てきます。
泣く、笑う、我がままを言う、言うことを聞かないなど、
子どもたちは色んな表現をしてきますが、
なぜか、二人のあの後姿は、特に心に焼き付けられました。
私どもは、表の顔を持ち、裏の顔も持っています。
従って、私どもが目にすること耳にすることは、
真実のほんのわずかな部分。
そして、人から人へ話が流れる間に、
その内容は、真実から離れていくという、
空しい場面もあります。
最近、そんなことがあり、なおさら、
二人の姿が目に飛び込んできたのかもしれません。
昭和41年 2月5日 日本経済新聞 「私の履歴書」
当時、自民党幹事長 田中角栄氏
「・・・この事件(田中氏少年時代の担任の教師が、
事実に反した新聞報道を受けて、 誤解されたまま左遷される) で私は真実がなかなか世に、
いれられないものであることを知った。
大人は案外真実を分かってくれないものであることが分かった。
人は無実の罪で罰せられることもあると知り、
こんな不正な世の中から、
断固追放しなければならないと思ったのである。」
田中氏の少年時代の思い出話より。
しかし、この少年時代の思いが、
あまりに、その後の田中氏の生涯を暗示するものであると、
驚かされます。
マスコミに担がれ、そして、ロッキード事件、
そして叩かれ、やがて脳梗塞で倒れ・・
彼の晩年の胸中はいかに・・
動きがあまりに強大であっただけに、私の想像を絶します。
7月25日
未来
以前、藤沢市無防備条例という条例が、
市民から議会へ提案されたことがありました。
その際、提案市民とお話をしたとき、
「過去の戦争は、経済的混乱も大きく関係していると
思います。従って、皆様のように非武装地帯を確立することで、
平和を求める考え方も尊重しますが、
平和は経済、都市基盤、教育、環境、福祉など、
様々な視点から確立するもので、
平和行政のみで創れるものではないと私は考えております。
私は、膨れ上がった行政の債務を減らしていくことで、
先々の様々な混乱を抑え、 少しでも平和につなげることが、
できればと考えております。」
と申し上げました。
例の日本列島改造論でこんな件(くだり)がありました。
「ひらかれた国際経済社会のなかで、日本が平和に生き、
国際協調の道を歩き続けられるかどうかは、
国内の産業構造と、地域構造の積極的な改革にかかっている。」
ある意味、この日本列島改造論は、巨額な債務を生み出す、
大きな要因となりましたが、この件(くだり)については、
大変共感します。
視野は広く、そして、手足を曲げず、
外に対して思いっきり伸ばして、
しっかり「未来」を掴む・・といったところでしょうか?
いやーまだまだ勉強が足りません。
7月24日
政治的