「万里の長城」に子どもが関心をもっている。
三国志を息子と読んでいること、
先日、私が福建省に視察で訪れたこと、
そういうこともあり、何かと「中国」が
我が家で話題になることも多かったからだろう。
いずれにしても「万里の長城」の建設された背景など
早めに整理して話してあげよう。
それでは、平成22年3月10日に伺った
県立動物保護センターの視察報告。
場所は平塚市土屋にある。
周りは畑が多く、のどかである。
センター長がご説明、ご案内をしてくれた。
この施設の沿革であるが、以下の通り。
昭和47年 神奈川県は、それまで各保健所(現在の保健福祉事務所)で実 施していた狂犬病予防法及び神奈川県犬による危害防止条例 に基づく犬の捕獲抑留等の業務を一元化し、集中管理するため 、神奈川県犬管理センターをスタートさせた。
当時は年間約2万頭犬が収容され、この施設へ集約された。
内18000頭は処分していた。
昭和51年 子犬の里親制度
昭和52年 動物保護センターへ改名
動物愛護法が制定
昭和59年 小動物とのふれあい教室
平成2年 ふれあい動物広場開設
平成10年 動物慰霊碑やすらぎの丘設置
平成20年 動物愛護管理推進計画
処分数の半減
以上のような沿革である。
ここ40年で動物などに対する考え方が
大きく変わっていることは大体分かる。
業務内容だが、
基本的には保健所に収容された犬、猫などを
このセンターへ一括で集め、
ボランティアの方々を介して譲渡したり、
どうしても譲渡ができず対応ができなくなった際は処分したり、
さらにはふれあいの広場などで
子どもたちとふれあう場を作ったり
また、しつけ相談なども行っている。
ある意味、相反する機能も持ち合わせ、
様々な指摘も受けながら、
さらには献身的ボランティアの方々に
支えられながらの運営となっている。
以上のような説明を受けながら、
このセンターにいる動物たちとあうことになる。
ツタヤに電話して、「日本誕生」という映画ビデオと、
「竹取物語」という映画ビデオは置いてあると確認。
妻と話し、一度私が見てから、
子どもたちに見せようか?という話になる。
唯物史観による物質文明に危機感を抱き、
日本の神話に触れることで、豊かな感性を培う必要性を
「親子で読める神話」の筆者は語っている。
先ずは、ビデオをみて、判断したい。
「歴史」を、子どもとたどってゆきたいが、
切り口については色々とリサーチしたい。
それでは、平成22年3月10日に伺った
県立山岳スポーツセンター視察報告。
場所は県立秦野戸川公園の一角にある。
簡単に施設の概要を説明すると。
丹沢山岳者の宿泊施設、研修トレーニング室、
山岳競技用のクライミングウォールがある。
さて、このセンターは県の3セクである神奈川県公園協会が
指定管理者として運営している。
平成18年から公園協会は指定管理者として運営を行っているが、
施設の宿泊などの利用料金は、協会から県に納めていた。
一方、その当時の指定管理料は年間、
県から協会へ2100万円支払われている。
平成21年から利用料金は協会のものとなる。
従って県からの指定管理料は1600万円に下がる。
県としては年間利用料金収入を530万円と見込んだ。
注目すべきは宿泊料金(3000円)などの利用料金である。
これら利用料金は、条例に基づき設定されており、
指定管理者の利用料金を含めた柔軟な運営が抑制されている。
せっかく3セクとはいえ、民間が公の施設の
管理運営に算入しているのに、
料金の設定に縛りがあり、
民間の創意工夫が押さえつけられる格好だ。
ご説明をされた職員からも料金は
柔軟にしたいとの感想も聞いた。
さて近隣には秦野市表丹沢野外活動センターがある。
この施設が拡充され、その影響で
山岳センターの宿泊数は減少傾向にある。
宿泊の定員は48人。
年間の稼働率は20%。
市の施設との重複がここに見える。
山岳指導者育成、クライミング教室も行われているが
これについては、県の事業として
神奈川県山岳連盟が受託している。
一方、一般の方への研修は、公園協会が対応する。
この施設は法的に必須ではない。
他県では指導者養成は山小屋などでやっている。
さらにクライミング施設は民間にもある。
そういう視点から行けば、
この施設は果たして必要なのか?
そのような疑問も出てくる。
神奈川は山があり、山と親しむ拠点というものは
重要であるが、市の宿泊の受け皿も近くにある中で
県が今後もやるべきものか?
改めて検証をしていく必要がある。
それにしても眺めの良いところだ。
県立公園内の川遊び、バーベキューは
いずれ家族で訪れたい。
子どもと3人でばばヌキがはやっている。
娘もルールを覚え、なかなか興奮する。
勝率で順位をつけ、
一位、息子、2位、私、3位、娘。
先日までは私が最下位であった。
熾烈なバトルはしばらく続く。
読み聞かせは娘にかぐやひめ。
本のチョイスは毎回娘に任す。
別名「竹取物語」は日本最古の物語。
万葉集にも関連すると思われる長歌があるらしい。
そういえば映画では1987年、沢口靖子主演でやっていた。
借りて娘と見るか・・
それでは、平成22年3月9日に伺った
県立農業技術センター視察報告の続き。
施設内を回っていたら、
ご案内してくださった職員が
湘南ゴールド開発に関わったとのこと。
開発は県農業技術センター
小田原市根府川分室であるが
その時のお話を伺う。
黄金柑と今村温州(いまむらうんしゅう)の花をかけあわせる。
そして種を取り、胚を菌のいない寒天で培養する。
何十本でそのうち一本が湘南ゴールドとなる。
私の聞き取りではそのような説明を受けた。
実は未だ食べたことがない。
以下、インターネットで掲載されていた情報。
樹種名 :カンキツ類
育成機関名 :神奈川県農業技術センター根府川分室
品種名 :湘南ゴールド(しょうなんゴールド)
命名登録
登録番号 :
登録年月日:
品種登録
登録番号 :第11469号
登録年月日:2003年11月18日
品種登録出願者:神奈川県
交雑年 :1988年
交雑組み合わせ:黄金柑×今村温州(おうごんかん×いまむらうんしゅう)
品種の説明:
育成担当部署:神奈川県農業総合研究所根府川試験場(真子正史、牛山欽司、廣部誠、片木新作、伊與部有一、真壁敏明、香川陽子、簑島恒樹、浅田真一)
- 果実は母親の「黄金柑」によく似ている。果実は球、果重は平均で77gと「黄金柑」に比べると約20g重く、大きい。果面は密で平滑、果皮色は黄色である。果皮は薄く、剥皮しやすい。また、浮皮はほとんどない。
- 果実の成熟期は4月で、遅くまで樹上に置くと後期落果しやすい。4月収穫で、5月が可食適期である。「黄金柑」に比べて果実はやや軟らかく、種子も1果当り4個と少ない。果肉は柔軟多汁で、風味がよく、独特の香りがある。可食適期の屈折計示度は、11〜12%とほど良い甘さである。
- 樹は、小喬木性で枝条がやや密生し、「黄金柑」に比べて樹勢は強く、有刺である。樹齢を重ねるに従い刺は消失する。葉、枝、花の形態は「黄金柑」と同じである。4月〜5月にかけてさわやかな味で可食できる晩生カンキツである。
発表論文など:
主要研究成果: データ入力年月日:2001年11月28日
データ提供者所属・氏名:神奈川県農業総合研究所根府川試験場 鈴木伸一
連絡先(E-mail Address):TEL 0465-29-0506 noken-ne.1614@pref.kanagawa.jp
「親子でよめる日本の神話」という児童書を
電車移動の合間などを利用し繰り返し読む。
きっかけは子供に話してあげるため。
しかし、改めて感銘を受ける。
およそ1300年前の古事記における
神代(かみよ)の巻に記されていたそうだが、
読むほどに奥深く、ダイナミックで、奇跡的であり、
それでいて人間味溢れるストーリーだ。
歴史に興味を持ち始めた子どもに、
これからも色々な本を読むつもりだが、
おそらく、この本の内容が、
いろんな歴史的な出来事とかかわりをもっていることを
改めて子どもと発見できるだろう。
やがて出雲、高千穂なども
子どもと訪れる場所として候補にあがるだろう。
実に楽しみである。
それでは、平成22年3月9日に伺った
県立農業技術センター視察報告の続き。
ここでは、スイートピーの育種について
栽培方法の研究も行っている。
バラ、カーネーションは民間育種研究が行われているが
需要の低いスイートピーは民間にとっては
採算上、手を出せない。
従って、このセンターが対応しているということだ。
又、ビニールハウスにおけるバラの育成についての研究である。
通常、18度で栽培されるのだが、
12度で育成できるように育成方法を編み出したとのこと。
拝見させていただくと、球根の部分を、
お湯の流れる配管が温めている。
これにより石油費用が削減されるとのこと。
実はバラ業界は東南アジアなどからの輸入により
大変厳しい状況におかれているそうだ。
そういう意味で、この育成方法は有効であるらしい。
問題はスイートピーにしても、このバラ育成方法にしても
県内農家にとってどの程度普及しているかだ。
息子の習い事(水泳)を見に行き、家族で応援。
ちょうど進級テストが行われていたが、
小学校4から6年生ほどの子どもたちが
バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールを
連続して50メートルずつ泳ぎきるのだ。
久しぶり見に行ったが、圧巻である。
ターンに来るわが子へ「頑張れ!」と声をかける母親の姿。
小さな子供たちの、エネルギー、技、スピードに
限り知れない力を感じる。
進級テストだから、合格もあれば不合格もある。
終了後は、夫々の子供の間に悔しさと、
うれしさが広がる。
型はほぼ卒業し、スピードが求められる次元に突入。
挑戦する子どもたちを裏支えする
親としての新たなサポートの仕方も問われる。
応援の間、娘は勉強していたが、
モチベーション維持は難しい。
そうだな・・・息子には偉人伝を読んだ。
娘にも何か「刺激」を注入する作戦を立てるか。
そういえば連休の企画は未だ。
子どもとの時間は、渋滞を避けて
電車で移動のハイキング、映画ぐらいだろうか。
それでは、県施設視察の続き。
平成22年3月9日に伺った農業技術センター。
場所は平塚市上吉沢にある。
この日はとにかく寒かったと記憶している。
震えながらご案内を頂き、
センター敷地内をまわる。
印象に残ったのは、
なしのジョイントである。
平成17年、試しに、なしの木を接いでみたところ、
生育が早くなったそうだ。
従来、実のなりはじめまで4年から5年かかるのが
2年から3年に短縮されることが分かった。
りんご、キイウィフルーツでこの取り組みは他県に広がる。
この研究には1億円の研究費があるが、
内8千万円は外部からの収入となっている。
センターとしての自前は2千万円。
宮城県ではりんごについて、
ジョイントすると木の低いところに実がなるということが分かる。
なしの話に戻るが、木を曲げると早くできることも分かった。
木を曲げると弱る。
弱ると次の世代を作るために
早めに花が咲き、実を作る。
これらの試行は作業性も高める。
これまでも他の県立農業技術センターの
視察報告を行ってきたが、この平塚がある意味本拠地である。
このなしのように、試作品を研究し、
農業振興に役立てることがこのセンターの使命である。
大学の農学部、更には農協、
さらには自前での農家による研究などと
どこに違いがあるか?
さらにはこのセンターで開発されたことが
どの程度、県内農家に貢献できているのか
このあたりも整理していかねばならない。
他にもこのセンター様々な取り組みを行っている。
今、県の財政資料を読んでいる。
あわせてこれまでの地方分権の流れの調査。
長時間の調査後、気分をかえて、
娘に不評だった「親子で読む神話」に目を向ける。
いざなぎさま、いざなみさま、
天照おおみかみさま、すさのおさま、
大国ぬしさま、因幡の白兎、
などなどが登場し、実にバラエティにとんだ、かつ
想像を絶する出来事が展開する。
先日、映画「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」を
家族で見たが日本の神話はそれに全くひけをとらない。
これを映画化すると、大ヒットすると思う。
色々議論も出てきそうだが・・
子どもにこの話を噛み砕き、分かりやすく、
話せるまでもう少々時間がひつようかな?
昨日、また娘に絵本「3人の娘と悪魔」を読む。
息子はDS関係の本に読みふける。
さて、県立大磯学園の視察報告の続き。
3月9日の視察の際は、42人の入所者数。
4月20日現在では、28人。
その差、14人は今どうしているのか?
この視察報告を記載しながら
どうしても気になったので、
学園へ連絡を取る。
学園では基本的に年度の切り替わりは
節目と位置づけている。
そういう前提で、14人の内、
在宅へ戻った子、職についた子、
前の学校に戻った子、
少年院にいった子など様々である。
前の学校との関係は切れないように
この学園にある生沢分校在校中も
前の学校との連絡会は継続することになっている。
そして現在、児童相談所と新たな10ケースほどの
入所枠について協議中。
4月1日に一気に、新しい10名が
入所するということになると混乱が予想される。
年度を通じて、約40名ほどになる予定だ。
さて、通常の学園運営の一つに
心理面接も行われている。
週に一回、一人40分ずつ。
また義務教育でない高等部の生徒たちの日中活動は
定時制、全日制の学業とともに農作業がを中心。
そういえば小田原の不登校対策のNPO代表も
農作業の有効性に着目し活動カリキュラムに取り入れていた。
分校の教室を見て回る。
小学校5年生は5人、
小学校6年生は3人、
中学校1年生は9人、
中学校2年生は15人、
中学校3年生は11人、
この子達は、4クラスに分けられる。
一クラス約10名。
ほぼ個別指導ができる環境になっている。
中学校2年生でも九九が分からない子もいる。
できるだけ通常の学校に近づけるよう頑張っているそうだ。
「児童福祉法によるこの施設では
対応が困難な部分も多く、
少年法での対応を求めたい。」
そんな職員のご意見もあった。
以上、恐らくあまり認知されない施設の報告であったが、
児童相談所、少年院、前の学校、地域、保護者、そして学園・・
入所する彼らを取り巻く様々な機関の
位置関係は私なりにイメージすることができた。
この施設だけを見ると大きな規模ではないが、
社会問題に対応する大きな機能のうちの大事な一部である。
その上で、この学園の最大の使命は自立支援。
このあたりのサポート体制、人材育成は重要。
また、少年法との区分も、
整理をしておくべきかもしれない。
県とは何をしているのか?
こういうご質問は多い。
そんな中、毎年2兆円を越すお金を費やす団体である。
存在の是非も含めて、今、県を見てみぬふりもできない。
この日刊報告も皆様の判断要素の
一端になればと切に願う。
行きつけの湘南台図書館で娘が選んだ本は
「ちいさなかがくのとも」である。
福音館書店 月間予約絵本。
定期的に発行されている絵本のようだが、
そのうち、「あーといえばあー」
「あけび見つけた」という2冊を娘と読む。
実に面白いのだ!
となりから息子も見入るほど。
先日、視察で県立川崎図書館に行ったとき、
そこには社史が多数収集されており
経済不況の今なら特に、様々なヒントが凝縮された、
「宝の山」と感じた。(ポイントはそれを宝にできるかどうか)
それと同様の感覚を覚える。
本のチョイスの仕方で様々な影響を子どもに与えることになる。
子どもの様子、関心事をみながら、
「図書館」から宝を掘り出したいものだ。
さて、県立大磯学園の視察報告の続き。
あくまで視察に伺った3月9日現在ということで
お知らせをしていく。
内訳であるが次のとおりである。
IQ、だいたい71〜79のボーダーレベルの子、
51〜70の知的障害レベル、
80〜110の普通の子ども、
ADHD(発達障害系) 、癲癇 、
脳波異常、アスペルガ、情緒障害、その他となっている。
実の父母がそろっているのは42人のうち7人。
それ以外は実母か実父どちらか。
生活保護世帯は8人。
こうやって子どもたちの様子を見ていくと、
本来の施設設置目的である
「不良行為をなし、またはなす恐れのある
児童及び、家庭環境その他の環境上の理由により
生活指導などを要する児童などを入所させ
又は保護者の下から通わせたものについて
相談、その他の援助を行うことを目的とする施設。」
から少々実態が離れている気もする。
さてここには3つの寮があるが、
寮の振り分けは大事だ。
夫々の寮には手本となり、そして入所した子と
職員をつなぐリーダーが置かれる。
力関係を意識しないで自分のペースで動く子もいるなか
生活をしていくことは相当の苦労があるだろう。
寮の中をご案内頂きながら
「非行の子どもの目的施設といえない。
どこへもいけない子どもを受ける。
養護施設でも協調できない子ども。」
そんな説明もあった。
そこは本音であろう。
先ほど子どもたちの様子を説明したが
その内容が職員の言葉を裏付ける。
ところでふと思ったのは、3月9日から本日までで
14人減っているが、その子たちは今どうしているか?
これも気になるところだ。
「3人の娘と悪魔」という絵本を昨夜子どもに読む。
私は始めて読んだ本だが面白い。
映画でアリス・インワンダーランドも話題になっているが、
魅力的な題材はたくさんある気がする。
この本をチョイスしたのは娘。
子どもの直感というのは鋭い。
選択能力は間違いなく、私より上だ。
先ずは、彼らの直感と感性を
できるだけ邪魔しないことだ。
さて、県立大磯学園の視察報告の続き。
この学園の沿革だが、明治36年に横浜の磯子に設立。
現在106年目。
大磯に移ったのは明治44年。
平成15年には学校教制が導入される。
それまでは学校教育に準じた形で
学園の職員が勉強を教えていた。
今は正式な形で教育が行われている。
敷地内には学校と入所用の寮がある。
3つの寮があり、4人部屋が基本。
現在(平成22年4月20日現在)は28人入所している。
そのうち23人は併設する生沢分校で
義務教育を受け、それ以外5人は、
高等部として定時制、もしくは全日制に通学し
日中は高等部担当職員と活動を行う。
なお3月9日の視察時点では42人の入所であった。
年度が替わり、退所しているので数字に差がある。
入所期間は平均して1年と2ヶ月。
長い子は3年。
一方、県職員の数は60人。
内訳は園長1人、副園長1人、
管理課18人、自立支援課40人である。
単純にこの体制を見ると職員は多すぎる。
さて、児童生徒の傾向としては中学2年生が最も多い。
入所理由だが、3月9日時点で伺った内容だが、
窃盗11人、性的問題10人、養護施設における不適応4人、虐待12人。
なお、全体の86%は虐待を受けている。
又家裁経由の入所は14人。
家裁経由は最近増えてきているそうだ。
今後、この学園への入所者数は減ることはないと園長が言われた。
私どもはこの学園の状況、子どもたちの状況から何を感じるべきか?
もう少し、子どもたちの様子にスポットをあてていく。
そろそろ肩こりが限界に近づく。
通っている接骨院に行かねば。
さて、バスケットをクラブとして子どもがやっているそうだ。
時間を彼らのために充分とってあげれない私の発想は、
やはり、本である。
とりあえず、スーパースター物語などから、
チョイスしていこうか?
DVDで彼らのプレイを見るもよし。
そうだ、娘とのハイキングの企画もしないと。
ご紹介いただいたコースには長い滑り台もあるそうなので
お尻に引くダンボールなどを持っていかないと
焼けるようにお尻が熱くなるのでここは要注意。
さて、連日中国での視察報告を行ってきた。
この福建省はあくまでも中国の一つであり
その他の省、もしくは特別自治区は全く
その様相が違うらしい。
しかし、この視察を通じて、
隣国の取り組みを見たことは
いずれにせよ、県議としても刺激を貰った。
今後の活動に幅がでると確信。
それではこの報告は終了し、
再び、継続的に行っている県施設の視察報告に戻りたい。
本日は平成22年3月9日に伺った大磯学園である。
場所は中郡大磯町生沢。
学園の敷地に足を踏み入れる。
生徒たちが運動場で体育の事業を行っている。
一見、普通の学校における風景である。
園長室へ通され、施設概要を伺う。
この施設は法律に基づき
必ず各県に設置しなければならないという
いわゆる必置義務の児童自立支援施設だ。
施設の内容は次のように謳われる。
「不良行為をなし、またはなす恐れのある
児童及び、家庭環境その他の環境上の理由により
生活指導などを要する児童などを入所させ
又は保護者の下から通わせたものについて
相談、その他の援助を行うことを目的とする施設。」
ベースは不良行為を行う子どもたちをあずかっている。
全国には58箇所あり神奈川県には3つある。
他には横浜市立とうよう学園、
民間で横浜かてい学園。
この二つは夫婦制がとられる。
夫婦制とは夫婦がこの施設に寝泊りし
施設運営の職員、もしくは社員として
親代わりを兼ねるというシステム。
なお大磯学園は宿直・交代制になっている。
昔は夫婦制だったそうだ。
窓の向こうから生徒たちがものめずらしげに
こちらを見ている。
軽く会釈をすると軽く向こうも反応する。
どんな子どもたちがいるんだろう?
どんな課題があるんだろう?
色々と考えながら、園長の話を聞く。
昨日、報告会ご参加有難うございます。
この場を借りて深く感謝申し上げます。
報告会の後、参加者で企画していただいた
懇親会を終えて、帰宅。
子どもと風呂に入る。
風呂場には最近娘が買った
ミニバスケットボール(網のゴールと小さなボールがたくさん)
があり、シュートで盛り上がる。
風呂場のおもちゃとしてはナイスチョイスと娘に感心。
風呂から上がると、少々お酒の入りもあり、
眠い目をこすりながら娘に不思議の国のアリスを読む。
先日、映画「アリスインワンダーランド」を妻と見たらしい。
映画も良いきっかけだ。
実は、4月17日に公開されたノダメカンタービレ・後編は
息子と娘を連れて行く予定だ。
オーケストラを舞台におちゃらけたところもあるが、
私にはかなりいける。
さて
中国、福建省視察における主眼である
京劇の舞台裏に入る。
既に演劇自体は始まっており
出番を待つ役者が30名は待機している。
見た目は歌舞伎の中国版。
自分でメイクをする人。
手伝ってもらう人。
出番が間近の方も意外に
リラックスしており、写真を取らせてもらう。
福清市の田舎町の方々にとっては
大変な祭りなのだろう。
外では爆竹が鳴り続く。
表の広場では夜7時ぐらいだが
屋台が一軒出ており、
その周りで子どもたちが走り回って
遊んでいる。
「懐かしい!」そんな思いで
舞台裏の窓からその風景に見入る。
自分の子ども時代と重なるものがある。
間違いなく、藤沢には、いや日本にはない、
空間がそこにはあった。
本日はここまで。
本日、私の報告会、
15時10分から
市民会館 教養室です。
井手たく新聞
財政、議会制度、その他お話をします。
是非多くの皆様お越しください。
飛び込み大歓迎です。
同僚との「地方自治の勉強・合宿」から今朝帰る。
その準備のために一昨日、帰宅が遅くなった。
遅くなることが分かって、子どもに電話する。
場所は夕食をとるため湘南台のガストから。
「お父さん仕事で遅くなるから」私。
「今どこで仕事してるの?」娘(5歳)。
「湘南台」私。
「湘南台のどこ?」娘。
「事務所の近く」私。
「どうして仕事場なのに周りで人の声がするの?」娘。
「ここお店だから」私。
「本当に仕事してるの?」娘。
「信じてくれないの?」私。
「だって色んな音が聞こえるんだもん」娘。
改めて、掘り下げて問いかける子どもたちに
ちゃんと説明しないといけないなと思う。
さて
中国、福建省視察における主眼である
京劇を実際見に行く。
福州市街地から車で約一時間半、沿岸を南に下る。
どんなところでやるのか?
全くイメージできなかったが、
車は細い路地に入り込む。
言ってみれば田舎の住宅街である。
こんなところに?というところに
古めかしい劇場(ホール)が。
場所は福建省福清(フクシン)市である。
当日の劇団の副座長・除建牢さんが、
ご案内してくださった。
物語は思わぬところで、昔の恋人が出会い、
気持ちはひきあうものの、互いの環境がそれを許さない。
そんな内容であった。
言葉は分からないが分かりやすい演技で
なんとなく何が起きているかわかる。
ちなみに京劇の演目には様々なものがある。
以下抜粋。
以上である。
- 三国志演義
- 西遊記
- 水滸伝
- 野猪林
- 李逵探母
- 楊家将
- 三岔口
- 坐宮:鉄鏡公主が、宋へ一旦戻る夫・楊四郎の手助けをする話を演じた物。
- 天門陣
- 打焦賛
- 洪羊洞
- 牧虎関
- 隋唐演義
- 三家店
- 火焼裴元慶
- 鎖五竜
- 羅成叫関
- 岳飛伝
- その他
劇場内は福州市街地と違い、
人民服を召した、決して裕福でないと見える方々が、
約500人はいたであろうか?
完全に満席である。
10分ほど見ると、楽屋へ案内される。
続きはまた後日。
うれしいことに、娘とのハイキングでもしようかと、
この日刊に掲載すると、貴重な情報を頂いた。
うれしい!
絶対そこに行く!
さて、子どもとの読書だが、
実は「日本の神々」という本を借りている。
いざなぎ、いざなみの神々の話だが
昨日「つまんない」と言われる。
となると、いつか私自身がお話をしてやるか、
もしくは別の本でアプローチするということか?
いずれにしても私自身この話について
ちゃんと頭を整理しておかねばならない。
こっそり一人で読むか?
せっかく借りたんだし。
さて
中国、福建省、福州市視察における
福州市メジャー教育幼稚園の続き。
授業風景を拝見。
漢字を勉強しているので
いきなり漢字かよ!
と一人で驚き、
それが当たり前ということに一人で気づく。
パソコンが、一人一台、ピアノも一人一台
使用できるようになっており、
授業で使っているそうだ。
英語の授業も基本的にカリキュラムに入っている。
教育内容は国で決められており
その一環で、教育局が時折査察に来る。
月謝は親の所得に関係なく、
ほとんど全ての幼稚園は同じだそうだ。
生徒が少ない幼稚園は赤字になり
責任を取ることになるとの説明。
果たしてどのような責任かは不明。
そういうこともあり当然ながら
経営には力が入るとのこと。
先生の給与は国から来る。
通訳が充分整理されていたか不明だが
公務員は国も地方もないとの説明があった。
これについては第6中学校のときは
国、地方の公務員についての説明があったため
事実がどうなっているのか?
現状不明である。
教育環境、カリキュラムなどの説明を受けて
改めて教育に力をいれていると感じる。
中学校同様、隣国の取り組みは
一つの指標として、政治が重視しているという点で
刺激になった。
本日はここまで。
後日、実際京劇をみた感想を述べたい。
私が知らないところで様々な経験を子どもはしており、
かつ、その際、色んなサポートを受けていることに
改めて感謝。
そうそう、子どもとの企画どうしよう。
最近体力のついた娘との山登りがある。
まあハイキングでも良いのだが。
あとは、息子と車の仕組みを見ることだ。
工場・会社を見学に行くのも面白いかもしれない。
確か予約すると子どもを含めて
工場などを見れるという企画もあったはずだ。
あとは「歴史」である。
先日、学校で原爆の話を聞いたと話していた。
私はご承知の通り長崎の生まれなので
しりうる話をしたが、
そのとき「なぜ戦争にいたったのか?」という疑問を
息子から投げかけられた。
言葉で説明したが、
いずれにしても一緒に勉強しようということにした。
困ったときの図書館である。
どの本を借りるかはめぼしはつけてある。
そしていずれ靖国神社には連れて行く。
戦争、軍事分野の歴史博物館「遊就館」は
息子と時間をかけてまわることにしよう。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
続いて、福州市メジャー教育幼稚園。
空に聳え立つような
巨大なマンションの隣にある。
ご案内してくれたのは
黄清楡さんという園長さん。
幼稚園の概要は次のとおり。
2歳から3歳のクラス40人×2クラス
4歳から6歳のクラス60人×2クラス
計、幼児は200人。
対して先生は22人でプラス20人のお手伝いさんがいる。
ところで保育園という概念は中国にはない。
2歳までは親が育てる。
そして幼稚園に保育機能もある。
昼寝で使う毛布類は家から持参。
そして、一般的に幼稚園にはほとんどの子どもたちが通う。
この幼稚園は施設そのものは個人のものであり
私立幼稚園という位置づけにある。
しかし、先生方は公務員である。
先生の収入は1400元。
日本円で言うと月収2万円ぐらい。
そもそもご承知の通り物価は
日本に比べると格段に安いということは
踏まえておく必要はある。
ここで、中国の税制について触れると
実は月収5万円以下は税金を払わないでよい。
だとすると、この幼稚園の先生は税金を払う必要がない。
一般的市民の平均的な月収を聞くと
1200元(1万8千円)ということだ。
つまり、市民の多くは税金を払っていないのだ。
理屈から行くと、高額所得者、
そして事業者税により成り立っている。
さて、今日本で話題になっている発達障害について聞いてみた。
しかし、そのような子どもは幼稚園にはいないとの回答。
その他、日本の幼稚園と違う特徴も幾つかあった。
本日はここまで。
息子と今読んでいる本田宗一郎物語。
早速、息子が関心を持った車のエンジン図解を
図書館で借りる。
多分、一人で見ることはないだろうから
タイミングを見て一緒に見ることとする。
そして昨日、この物語、息子と読み終えた。
本田社長の身の引き方、そして晩年。
読んであげながら、
こみ上げるものがあった。
さて、娘である。
実に元気である。
少々もてあまし気味なぐらい。
「山登りでも連れてったら」妻。
以前、息子と伊勢原の大山に登ったが
あそこは娘にはきつい。
手ごろな山で、景色の綺麗なところ探すか。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
福州市第6中学校である。
中国にも私立学校はあるそうだ。
私立運営にも国からお金が出るため
出費は公立と変わらないそうだ。
しかし、公立が人気が高く、
さらに私立は学校設立許可を得ることが
困難だということだ。
ご説明のお言葉をお借りすると、
「会社作って子ども面倒見れない親は、
子どもを私学に入れ、私学が子どもの面倒を見る。
公立は違う。学校終わると下校し親が面倒を見る。」
ということだ。
先生は半分くらいが共産党員。
宗教はほとんど仏教で
イスラム教も少しいる。
一クラスは50人で先生は一人で男女共学。
先生は230人いて、
高級教師(国)、中級教師(省)、見学(研修)
に分かれる。
先生になることは大変難しいことだそうだ。
日本における不適格教師の話をすると
それは中国も同じだということだ。
不登校はないと説明された。
専門の学校があるからとのこと。
さらにいじめはないと断言される。
中国では、もし、いじめがあると
いじめる子をずっと調べるとのこと。
又家を訪問するなど。
第6中学校独自の特色について聞いたが
全て国が決めているとの回答。
なおお話を伺っていると2年前に高校は終わり
専門学校に絞り込んでいる。
2006年時点でのここの専門学校就職率は99%。
現場ではマイクを使って授業が行われており
校庭では女子生徒が興味深げにこちらを笑顔で見ていたので
一緒に写真をとってもらう。
神奈川においても教育問題は根深いものもある。
隣国の教育体制を垣間見たことは
全く見聞しないことに比べると意義がある。
さて一般論だと思うが
大学へ行っても仕事がないので、
海外に行くこともある。
そんな説明もあった。
華僑を含めて、海外志向は特に福州は強い。
不思議である。
犬には人の言葉が分かるのだろうか?
「犬の気持ち」(雑誌)の吼える犬対策を、
家族に聞こえるように読み上げると
息子が「お父さん、美波ぴくぴくしている」という。
なにやら反応はしていたらしい。
それからである。
私がいる間は少なくとも
吼えることが少なくなったのだ。
理由は定かでないが。
そして我々の食事のとき、
食卓にまとわりつくことがなくなる。
所定の位置に行けというと、行くのだ。
私のいない間は分からないが・・
さて、子どもとの読書である。
先日、図書館へ行き、子供用に「本田宗一郎物語」を借りる。
これがヒットであった。
何しろ副題が良い。
「世界一早い車を作った男」である。
息子は、エンジンの構造、ピストン、ピストンリング
エンジンの回転数に喰らいついてきた。
特に本田氏は物語の中で
ピストンリングの作成に随分苦労している。
このリングを説明するが、いずれにしても
図書館で分かりやすい図解を借りてくることにする。
その後、娘には、赤頭巾ちゃんを読む。
すでに、男の子は男の子らしい、
女の子は女の子らしい、本を求めている。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
続いて伺ったのは福州市第6中学校である。
迎えてくれたのは黄新民校長と蒋銘生主任。
表門は厳重な扉で管理されており
自動操作で開閉する。
校舎自体も立派である。
この学校には、中学校、高校専門学校が入っていたが
現在は高校より専門学校に絞られた。
1947年に創立され、優秀な生徒が多い。
卒業生は北京大学に行く子も多い。
まさに本場のウーロン茶を味わいながら
ご説明を伺っていく。
ちなみに中国も日本同様、小学校、中学校、高校は
6,3,3年である。
さて1983年になると国からこの中学へ
建築専門の先生が来る。
今も、福州の街中は建設ラッシュである。
いたるところに建築現場があり、
福州空港付近では地下鉄の工事も行われている。
生徒数は3000人ほど。
先生は230人。
一般的に高校はほとんどの子が進学する。
高校でなくても専門学校にはいく。
さて、生徒にはこの中学の近辺から通う子もいれば
1000人ほどは遠方から入学し、寮、マンションで生活する子もいる。
マンションの費用はすごく安い。
国が建設し、住居費、日本円で5000円。
食事代は無料である。
さらに子どもに一生懸命勉強するように
150元を支払う。
教材の費用については
都市部の子は少々お金が必要になるが
農村の子など、親の職業によって
費用負担は異なる。
いずれにしても国としての
教育に対する意気込みは
伝わってくる。
私自身、海外に行くことは少ないのだが、
昨年のオーストラリア視察も含め、
海外の取り組み、存在、方針を見聞し
神奈川県政運営を考えることも必要であると
改めて考える。
続きは後日。
それにしても
ポーランドの大統領特別機が墜落したり、
タイで騒乱が起きたり、目まぐるしい状況が海外で起きている。
政治の責任の重さをこういう事例も通じて
認識していかねばならないと思う。
昨日、犬の気持ち「トイプードル特別編」購入。
この日刊、思いつきで記載すると、
実現していくという不思議さがある。
美波(犬)には吼えられることが時々あるので
そこの部分を特に読破。
その後、この本、妻と息子と娘に引っ張りだこだった。
そして、読書の時間。
赤壁の戦い・・息子とついに読みおえる。
敗退した曹操は孔明の3分の計に沿って、
あえて逃がされる。
広大な思想と、行動が錯綜。
息子にとってどんな物語に映っているか?
娘は昨日ドックランで犬と「同化」し、
仲間に入っていたらしい。
一番犬の気持ち分かっているのは娘かもしれない。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
京劇は中国の国家により運営されているわけだが
民間で演劇を行う劇団などはあるのだろうか?
これを伺うとやることは可能だとの答え。
また民間の芝居は政府批判も大丈夫。
ただ、実際のところ民間の芝居は
充分認知されておらず、
劇団自体立ち上げることは
難しいだろうということだった。
はなしは変わり、文革の際、粛清にあい、
アメリカなど海外に逃亡し
京劇を行った事例も伺う。
アメリカなどに渡っても
その演劇の質は変わらず
保たれていたと説明された。
粛清の間、練習さえ認められていなかったが
こっそり練習はやっていたとのこと。
京劇の衣装も没収をされた。
当時の学生は単純で彼らが
粛清の一端を担っていたとの説明もある。
恐らく「紅衛兵」のことを言っているのだと思う。
以下に「紅衛兵」を抜粋。
紅衛兵の結成毛沢東は大衆の間で絶大な支持を受け続けていたが、
1950年代の人民公社政策や大躍進政策の失敗によって
1960年代には指導部での実権を失っていた。
文化大革命とは、毛沢東の権威を利用した林彪による
権力闘争の色合いが強いが、
実権派に対して毛沢東自身が仕掛けた奪権闘争という側面もある。
特に江青をはじめとする四人組は毛沢東の腹心とも言うべき存在であり、
四人組は実は毛沢東を含めた「五人組」であったとする見方もある。原理主義的な毛沢東思想を信奉する学生たちは
1966年5月以降紅衛兵と呼ばれる団体を結成し、
特に無知な10代の少年少女が続々と加入して拡大を続けた。しかし次第に毛沢東思想を権威として暴走した彼らは、
派閥に分かれ反革命とのレッテルを互いに貼り武闘を繰り広げ、
共産党内の文革派ですら統制不可能となり、
1968年以後、青少年たちは農村から学ぶ必要があるとして
大規模な徴農と地方移送が開始された
(上山下郷運動、一般的には下放と呼ばれる)。紅衛兵運動から下放収束までの間、
中華人民共和国の高等教育は機能を停止し、
この世代は教育上および倫理上大きな悪影響を受け、
これらの青少年が国家を牽引していく年齢になった現在も、
中華人民共和国に大きな悪影響を及ぼしている。
以上である。
昨日、中央アジアのキルギス政権が
崩壊したとの報道もあった。
わが国も含め、国際的政治動向・歴史への認識は
今政治に関わる上でも重要であるとつくづく感じる。
黄先生におかれましては、
ご多忙な中、貴重なお話をしていただき感謝である。
さて後日、実際に京劇を見ることになる。
ついに、昨晩、息子との読書、
三国志は、赤壁の戦いに突入した。
長江下流から呉の孫権、
上流から曹操が激突する。
結果、火責めにあい、曹操が敗退。
敗退する曹操を孔明の指揮の下、
劉備軍がさらに追い討ちをかける。
夜遅くなったため、残念ながらここでで終了。
先日、視察で長江下流?を飛行機から眺めたため、
読んであげている私のほうが興奮である。
そういえば、私自身、子ども時代、
読書はあまりしていない。
読解力に欠け、国語のテストはあまりよくなかった。
友達で、本をよく読んでいる子もいたが、
その子は、確か国語の成績は良かった。
読む、聞くことに関心があるうちに
色々と読み、聞かせをしてあげたい。
本のないときに「話をして」というリクエストもある。
こちらとしてもネタをしっかり整理しておかねばならない。
娘はデイズニーものは結構くらいつく。
それもありデイズニーランドは大好きだ。
彼女との読書はこのあたりが突破口になる。
余談だが「犬の気持ち」という雑誌があるそうだが
これをみんなで読もうかという話もある。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
黄先生とその奥様が夕食の場へお越しくださった。
黄先生は、京劇に45年間携わった方だ。
京劇そのものは明の時代も清の時代もあったが
衣装はその当時は実に簡素なものであった。
現在の衣装になったのは100年前からだ。
話題は、先ず、客家(ハッカ)人に及ぶ。
福州の住民の歴史として、
この話題になった。
客家(ハッカ)人とは次のような歴史を持つ。
客家(ハッカ)は漢民族から分枝した特徴的な民族の一つである。
「よそ者」という意味があるとされ、
「中華の流浪の民」といわれる[要出典]。
もともと華北の黄河流域、
中原と呼ばれる地域に住んでいた
後漢時代の漢族の「名門貴族」の子孫とされているが、
確証はない。客家語は、かつて中原地方で話していたとされる、
唐宋北方中国語の古語といわれている。
そのため、数字の発音などが、
現在の日本語の読みに近いなどといったことが言われている。西晋の永嘉の乱から中原の漢民族は
大挙して江南に移住したが、それは客家と無関係である。
後に唐末と宋末の動乱期には後発の波が中原から
広東省・江西省・福建省の境界地域に到着し、
土着の住民と雑居し、婚姻を交わり、
1千年を経て現在のグループになった。
その後、梅州を基地として大量に華南各省、
さらに世界各地に移住した。
広東省梅州、江西省?州(かんしゅう)、
汀州(ていしゅう、現在の福建省長汀県)、
広東省恵州は客家四州とされる。
伝統的な中国人の発想として卑しめられることの多かった
軍人となった者や、反乱や革命に参加する者も
近代以前から多い。そのため、太平天国の指導者である
洪秀全や、中国国民党の孫文、
中国共産党のケ小平や
シンガポールの李光耀(リー・クァンユー)などを輩出した。
台湾総統の李登輝や映画監督の侯孝賢も
出自は台湾に移住してきた客家である。
以上で抜粋である。
福建省はそういう民族もいるという中で、
話は京劇に影響を与えた文化大革命に移る。
中華人民共和国で1960年代後半から1970年代前半まで続いた、
「封建的文化、資本主義文化を批判し、
新しく社会主義文化を創生しよう」という名目で行われた運動。
実質的には、中国共産党指導部内における
修正主義の伸長に危機感を抱いた毛沢東らによる、
暴力的行為を伴った大規模な権力闘争と評価されている。
略称は文革(ぶんかく)。政治・社会・思想・文化の全般にわたる改革運動のはずであったが、
上記のような文革の元、1966年から1976年、
実際には全国の人民を巻き込んだ粛清運動として展開され、
数千万人の犠牲者を出したほか、
国内の主要な文化の破壊と経済活動の長期停滞をもたらす惨事となった。
京劇自体、中止させられ、練習することもできなくなる。
その後、現在に至り、京劇が復活したことは、
どういうきっかけかを聞いたが、
残念ながら明確なご回答はなかった。
ちなみに孫文のときは京劇は認められていたとのこと。
文革で、いい人は全て殺されたとの説明もあった。
なお、京劇に携わる方は全て公務員である。
そしてその上層部は全て共産党員である。
京劇の教育は8歳から始められる。
子どもが京劇を始めるパターンとして
顔が綺麗で、体、骨の柔らかい子、
更には親がやっている場合の2通りがある。
成人になったとき女性は165センチ以上、
男性は170センチ以上なければならない。
基本は女性が多く、男性は少ない.
ちなみに子どもは黄先生がみて
京劇でやっていけるかすぐに分かるそうだ。
首の長さ、足の長さで将来が分かる。
京劇に入る前には病院で骨の検査も行うとのこと。
化粧の仕方は子どものときから自分で練習をさせる。
衣装にしても化粧にしてもこの100年間変わることはない。
京劇は、この福州も含め北京、上海、四川など全国的に
行われているが、全て同じである。
靴も見た目だが、20センチくらい靴を履く。
そんな中での激しい踊り、舞、歌である。
日本でも講演などは行うが
全て国の許可がないとできない。
話はつきない。
残りは後日。
中国から帰ったばかりなので
俄然、息子との三国志読みに私のほうが気合が入る。
ここしばらく息子との読書は間が空いていたが、
昨日は、続きを30分ほど読み、
赤壁の戦いの直前までいった。
中国視察中も息子に見せられる場所があるか?
気にしていたのも正直なところだ。
「三国志ツアー」なるものもあると聞き、
いつか二人で行きたい気になっている。
さて、娘であるが、昨日から幼稚園。
新しいクラス、新しい先生が決まる。
クラスのメンバー表も見せてもらうと
よく娘の話に出る名前もある。
メンバー表はとっておき、
時々会話のネタにさせてもらおう。
さて
中国、福建省、福州市の視察の続き。
視察行程を移動を含め全て視察と位置づけて
ご報告をしていきたい。
成田から約3時間で上海空港。
上海から飛行機を乗り換え
福州へ1時間半ほどでつく。
乗り換えた飛行機から川と海を眺めたが
黄色一色である。
川は恐らく長江になると思われるが・・
飛行機の添乗員の対応については、
さばさばとしており
(言葉が通じないこともあるのか)
つくづく日本の添乗員は
丁寧な対応をしているんだと感じる。
福州空港から、ご案内の方を含め
車で福州市街地のアポロホテルまで向かう。
福州市は華僑のふるさとである。
なお、改めて華僑を確認のため以下に掲載。
華僑(かきょう)は、中華人民共和国の
中国共産党政府の定義によると、
「中国大陸・台湾・香港・マカオ以外の
国家・地域に移住しながらも、
中国の国籍を持つ漢民族」を指す呼称である。
福州市について調べていくと
蛇頭という中国マフィアの拠点でもある。
今回の視察ではその片鱗も見ることはなかった。
そういう意味では、数日の滞在で見れるものはたかがしれている。
片側3車線の自動車専用道路の両脇を眺めていると
誰も住んでいないであろうアパートらしきものが点々とある。
1時間ほどして市街地に入る。
超高層マンションの建設ラッシュである。
いたるところ建設現場がある。
空気がよどんで見えるのは建設の影響であると
案内の方の説明。
宿泊所に到着し、さて、これから懇談会である。
京劇に45年間携わった方との貴重な時間となる。
改めて京劇の概要を以下に。
京劇(きょうげき、ピンイン:J?ng ju ジンジュウ)とは
中国の伝統的な古典演劇である戯曲(歌劇の一種のこと)の1つである。清代に安徽省で発祥し北京を中心に発展したので
懇談の模様は後日。
京の名が付き、主に北京と上海の二流派がある。
昨日、息子の新しいクラスメンバーと
担任の先生を妻から聞く。
休日、最寄の広場で時々、
一緒にサッカーをやる子もいるので、
頂いたクラス表には知っている子もいる。
私の小学生時代はとにかく遊ぶことが主であり、
それ以外はある意味強制的に勉強をさせられていた記憶がある。
遊びに関しては極めて「自由」であった。
下校後は夕食まで「自由」なのだ。
つまり習い事はなかった。
だから気の合ういつもの仲間の家に行く。
仲間の都合が悪いと別の仲間のところに行く。
そして友達がつかまると遊びが始まる。
山川海がすぐそばにあったのは今思えば大きかった。
そんな田舎のこびりついた私だから
子どもが北海道に行きたいといえば、
自然の多い道東に衝動的に
連れて行ってしまうのだ。
日々の生活環境と旅で触れ合う自然では
次元が違うことは分かっているのだが・・・
家、学校、習い事、遊びという日常の中で、
そこに自由は存在しているか?
メリハリつけるためにも大事なことだと思う。
さて
先月末、我が会派のメンバーで
中国、福建省、福州市へ視察に伺う。
主眼は「京劇」である。
演劇を含めた舞台芸術は
平成23年にオープンする県立芸術劇場の
運営のあり方を考える上で参考にしたいという狙いがある。
しかしながら私自身、海外訪問が少ないため
街の様子、庶民の顔、お店の中など全てが
中国を知る上での材料となる。
隣国に行くのは初めてであり、
田中角栄氏の下40年ほど前に国交が開かれた
この国を私の中でどのように位置づけるのか?
このあたりも整理をしたいので、
最初から興味深い視察であった。
先ず、京劇とは何か?であるが、
私自身の復習の意味をこめていかに掲載する。
京劇の歴史
清朝の乾隆55年(1790年)、
中国南方の4つの徽劇班「三慶班」「四喜班」「和春班」「春台班」
(四大徽班)陸続と北京に来訪。
まず“二黄”声腔を持ち味とする「三慶班」が北京で人気を博し、
それに続いて「四喜班」「和春班」「春台班」が北京に進出した。
北京には「秦腔」という演劇があったが
安徽省の劇団に人気を奪われる形となり、
両者の融合が自然と行われた。道光8年(1828年)前後、湖北劇団が
北京に進出し漢調(楚調、西皮調)を特色とした演劇は
安徽省発祥の劇団にも影響を与え、
独自の演劇へと発展して行った。
このように北京の外の劇団が担ってきた
北京の演劇であり上演は南方方言で行われてきたが、
北京での人気を得るに従い北京語での演劇の需要が高まり、
北京語での演劇が考案、上演されるようになった。
この時代には道光時代鼎甲と呼ばれる3人に
名優・程長庚、張二奎、余三勝が活躍した。その後太平天国の乱などで南方の政情が
不安になると南方の劇団が北京に集まり、
さらに西太后の手厚い庇護を受け
北京独自の演劇として一層の発展、熟成がなされた。
この時代には同治帝・光緒帝の2帝の治世の当たり
「同光十三絶」と称される13人の名優、すなわち?
蘭田、張勝奎、梅巧玲、劉?三、余紫雲、程長庚、
徐小香、時小福、楊鳴玉、盧勝奎、朱蓮芬、譚?培、
楊月樓の13人が大いに京劇を盛り上げた。清末になると「四大名旦(4大名女形)」と呼ばれた
梅蘭芳、程硯秋、尚小雲、荀慧生の4人の俳優が
上海での近代演劇を取り入れた演劇に触発されながら、
京劇に一層の洗練がなされた。この4人は独自の流派を作るほど、
京劇に革命をもたらした。
また梅蘭芳は初めて京劇の海外公演を日本で行った。近代において一番京劇に悪影響を与えたのが
文化大革命による弾圧で幹部俳優が排斥されたり、
古典劇の上演が禁止されるなど停滞した。
この弾圧は江青が現代劇の俳優出身で、
京劇を目の敵にしていた事が原因と言われる。
その後、中国の伝統文化として見直され
「国劇」と呼ばれるように至った。1990年には「京劇200年」を祝す演劇祭が
北京で各地の劇団を招いて開催された。
以上である。
深い歴史と伝統があるため、
この日刊程度でご報告することはできないのだが
京劇に携わった方へのインタビュー、
さらには京劇の舞台裏、
副座長との懇談を含め、
貴重な機会を頂いているので
後日にお知らせをしていきたい。
なお、視察では京劇以外に福州第6中学校、
メジャー教育幼稚園などの視察を行った。
随時、そのときの模様はお知らせしていく。
さて、今日から学校が始まり、
明日から幼稚園が始まる。
新学期なので、クラス替えがある。
担任の先生も変わる。
子どもにとって心も新たにという時期だ。
実はそれに先だち、
我が家の子どもの春休みは
私なりに動いた。
この時期に?といわれるかもしれないが、
先日息子と北海道にも行く。
旭山動物園のあとは富良野、美瑛、帯広で宿泊、
翌朝から、釧路湿原、野生のタンチョウ鶴の観察、
そして翌日から知床・羅臼、
なお羅臼からは国後島を息子と見る。
この島の歴史も私の知る範囲で説明。
そして、網走刑務所博物館。
網走にて宿泊後、翌日は能取岬で、
オホーツク海を全面に眺める。
残念ながら流氷は見れなかったが。
息子にとっては良い旅だったらしい。
ガイドは私一人である。
従って、図書館で北海道のガイドブックを借り、
宿泊先で改めて北海道の成り立ちを
調査しながらの旅であった。
アイヌ民族の歴史、そして政府の北海道開発方針、
開拓者の歴史と苦労、生活者の厳しさは
移動用レンタカーの中で息子に説明。
彼は沖縄も興味があるらしく、
又企画したいと思っている。
それでは
2月12日に訪問した
県立汐見台病院の続き。
この病院ではオーダーリングシステムが導入されている。
情報、検査項目をコンピューターに打ち込むと、
これが各部所に伝達される。
これにより検査、予約が速やかに行われる。
処方箋などもこのシステムに組み込まれているので
画面上で入力し、薬をもらうことになる。
いわゆる伝票を運ぶという手間は省かれる。
ただ、電子カルテまでは導入されていない。
今後の課題かもしれない。
さて、この病院は看護専門学校を受け持っており
3年生、4年生の学生を実習として受け入れている。
なお研修プログラムは自身で作成させる。
実習時間は900時間。
介助することなども実習するが
実習担当の指導者が欲しいのが
県医師会の正直なところだ。
具体的には指導手当てが欲しいのだ。
そのくらい実習対応に手間がかかるとのこと。
さて、指定管理者制度の導入により
県直営の委託制度のときより
運営費が効率化され赤字が解消された話もあったが、
例えば分娩料を30万円→35万円から40万円に引き上げたり、
指定管理者として対応を変更させたこともある。
しかし、県医師会としては
裁量権をさらに増やして欲しい思いもある。
基本的に病院内・夫々の利用料金は、
県条例で上限が定められているのだ。
入院の部屋代、ベット差額代、
駐車場の料金、健康診断料、
その他もろもろ。
必ずしも高くしたいというわけでもない。
県立施設を視察していて私も思うのは、
料金の条例設定の根拠は
ほとんど説明できない状態にある。
高負担を求めるというわけではなく
柔軟な対応をいまひとつ検討すべきだ。
ご説明で印象に残ったのは
外科、内科、眼科、麻酔科・・・
夫々の経営努力があり
不採算性の高い産科における
お産を増やす努力ができたとのこと。
いずれにしても指定管理者制度は
導入はされたものの、利用料金の設定方法も含め
未だその運営における未成熟な点がいつくか見られる。
適正な民間が柔軟に総体的に
県民ニーズに応えるにはまだ道半ばである。
このあたりについては、
今後も検証し、提案をしてまいりたい。
実はこの指定管理者制度を神奈川県で
実にうまく先進的に駆使する福祉施設も
視察できたのでこれについては又後日
この日刊でお知らせしてまいりたい。
県外へ行っており
更新が途絶えました。
申し訳ございません。
本日はこれから県庁で会議。